第96話「昼食戦線」
水竜・クリアテールさんを相手としたパワーレベリングに挑む私たちパーティー。
しかし、その圧倒的な力の差に私たちは頼りの無い綱渡りを続けていた。
「『アリッサさん、問題はありませんか?』」
「私は全然平気ですけど……」
『キューイ……』
朗らかにそう語り掛けてくれるセバスチャンさん。しかし言葉の軽さとは裏腹にその姿は凄絶なものだった。
全身はずぶ濡れ、いつもピシリと整えていた髪もお髭も崩れてしまっている。
肩がわずかに上下しているのは2時間近く走り回った為にスタミナ値が減少してしまっているからだ。
(……セレナの言った通りになってるなあ……)
パワーレベリングについては先程いくつか聞かされていた。
本来、パワーレベリングは高レベル側のPCが十分に倒しうる程度のモンスターを相手にするものだと、だからみんなですら手も足も出ない程に強いクリアテールさんと戦うのは無茶だろうと、だから尚更私ががんばらねばと気合いを入れたものだ。
(……うん、ファイトだ私)
思い出すとぐっと杖を握る手に力がこもる。
(応えなきゃ、貸してくれた力の分以上を――)
そう思った矢先の事。
――ピリリ、ピリリ、ピリリ。
爆音すらも押しやって耳に響くのは設定していたアラーム音。
お昼だった。
「『おや、もうそんな時間ですか』」
『休憩?! 休憩なのね?!』
廃墟の影に隠れてクリアテールさんの攻撃を凌いでいたセレナがそれはそれは嬉しそうにそう叫んだ。
既に両手足の指でギリギリ足るくらいに死にかけている身としては朗報に違いないのだろうなあ。
『つっても順番だけどな……』
クリアテールさんの波状攻撃に轟沈し、まさに今蘇生した天丼くんがむくりと起き上がってそう言う。
天丼くんの言う通り、私たちは順番にログアウトして休憩・お昼ごはん・お手洗いなどを済ませる予定になっていた。
この特殊な環境下での戦闘を継続する条件は『誰か1人でもクリアテールさんとの戦闘を続けている事』。
もし一度でも全滅すればこの戦闘は終了して二度とクリアテールさんとは戦えないし、全員がログアウトしてしまっても同じ事。
全滅の可能性を少しでも減らそうと思えばなるだけ人手をこちらに残すのが常道、1人1人が順番にログアウトする以外は無い。
その為の順番もクリアテールさんとの戦闘で戦闘不能となった回数が多い順と既に決めてある。
これはログアウトする事による蘇生猶予のカウントを回復するのも目的に入っているからだ。
後は残る他の3人が離脱する隙を作るだけ。
「行って、セレナ!」
クリアテールさんに近接戦闘を仕掛けると言う無茶をし続けたセレナの戦闘不能回数は最も多くなってしまっている。早めにカウントを回復させた方がいい。
『行くわよ有り難く! 私が戻るまで死なないでよね!』
そう言い残し廃墟群を後退していくセレナ、けどそれをのこのこと許すにはクリアテールさんのヘイト値は上がり過ぎていたらしい。
『どこへ行くと言うのか竜の娘よ』
廃墟の上に片手を乗せ、こちらを睥睨していたクリアテールさんの首がぐるりと回り、セレナの後ろ姿をその鋭い瞳で捉えた!
彼女が背中の翼を強く羽ばたかせようとしたその瞬間――!
「“火の縛鎖”!!」
――ジャララララッ!
出現した赤い鎖、〈ダブル・レイヤー〉により2つ同時に発動した〈ファイアチェイン〉がクリアテールさんの体に絡み付く……でも、
『森の娘よ。この我が、その程度で止まると思うてか?』
その次の瞬間には鎖全体にヒビが走り砕け散る。
当然か、元より絶対的な力の差があるのは分かり切ってる。
それでもその一瞬は役に立てたろうか?
セレナが湖畔にまで辿り着くとクリアテールさんはふいっと首を曲げ、不機嫌そうに唸りを上げている。
『仲間と捨て逃げ出すとは……あれが竜の末席に名を連ねる者のする事か……!』
セレナの種族はドラゴニュート、要は竜人だ。
水竜であるクリアテールさんには看過出来ないのかもしれない。その声には確かな怒りが込められている。
背筋を凍らせる私とは対照的にセバスチャンさんはニヤリと小さく唇の端を吊り上げた。ずぶ濡れの格好も相まってずいぶんと似合って見えた。
「『怒りは力を増しますが、視野を狭めもする諸刃の剣。怒ってくれると言うのならば減った人手の代わりともなりましょう。重畳重畳』」
『そう言うご高説はあの怒りやすいバカがいなくなる前にしてほしいモンだな』
天丼くんの言葉に返す声は無い。セレナがテントに飛び込み速攻でログアウトしたんだ。
「『どれ程掛かりますかな……?』」
『今頃家の中駆けずり回ってるだろうが……準備はしてある筈だ、そう遅くはならないと思いたいな。せいぜい早めに戻る事を願おうぜ』
減ってしまった人数により、それぞれが狙われる確率は上がっている。私はセバスチャンさんに運んでもらっているので実質2分の1。
であるなら片方を巻き込まないようにクリアテールさんを中心に真逆に位置取る。
『守るばっかが手札じゃないんでな!』
そう言って〈ウォークライ〉や〈プロヴォックブロウ〉などのヘイト上昇効果を持つスキルでクリアテールさんを挑発する。
モンスターを自身に引き寄せて味方を攻撃させないのが今回の天丼くんのやり方だ。
盾は常にクリアテールさんに向けたまま廃墟を縫うように走る天丼くん。
私もそれに応えようと〈ダブル・レイヤー〉によるビギナーズスキル2連発を飽きる程に繰り返す。
『ふん、ぬるい事だ。そんな事では飽いてしまうではないか』
ゴウッ! 翼が宙を叩く。翼は風を操り竜巻を巻き起こす!
『オイオイ、水竜じゃなかったのかよアイツ!』
「『……いえ、これは!』」
巻き起こった竜巻、それが湖の水を巻き上げていく。竜巻は徐々にその大きさを増し、ブラノーラ廃墟群を丸々飲み込む程にまでなっていった。
「っ、ひーちゃん、なるだけ遠くに逃げなさいっっ!!」
『キュッ?! キュキュ?!』
だから、戻ってきていたひーちゃんにそう伝える暇もわずか、当然のように私たちもそれに巻き込まれてしまう!
「『アリッサさん!』」
そう叫んでセバスチャンさんの腕が固く私を抱き締める。平時ならば顔が火を吹く所だろうけど、今の顔色は青いに決まっている。
「が、ぼ――っ」
水に飲まれるのはここで何度も経験しているものの、廃墟を背にすればやり過ごせた津波とは異なり、水の竜巻に巻き上げられるのはそれとは桁違いにキツい。
昔、流れるプールで花菜に抱き付かれて水中を流された経験があるけど、あれを何十倍も酷くしたようだった。
必死に目を瞑り、水の圧力により口から逃れようとする空気を必死に抑え、七星杖を握る手に渾身の力をこめて抱き締める。
私の心許ない握力では手放して無くしてしまうのは想像に難くないのだから。
上下左右前後不覚。あらゆる感覚が押し流され、息を止めるのが限界に達し――――唐突に圧力が、水の竜巻が消えた。
そして見た。私たちは竜巻に巻き上げられ空中に放り出された――。
――だから、待っていたのは絶望的な光景。
空中を木の葉のように舞う今だから分かる。水の竜巻の中心は台風の目さながらに無風であり水もまた無く、当然竜巻を巻き起こした彼女がいる。
上を向き、並び立つ牙の隙間から見た事のある青い輝きを迸らせながらこちらを見るクリアテールさんの姿がある!!
「『空中では、身動きが……!』」
そう、巻き上げられた私たちも今は落下し始めている。竜巻も収まり後は下に落ちるだけ……いえ、それよりも先にあのスプラッシュブレスが私たちを撃ち抜き弾き飛ばされるか。
すぐ傍を切りもみ状態で落ちている天丼くんからも焦慮は伝わっていた。
(間に合って!)
でも、唯一私だけは行動を起こしていた。
思い出すのは今までの勉強。暗記に暗記を重ね続けたその成果、それを今示さねば時間を無駄にした事にしかならない!
「、っ天丼くんっ、何か下に投げて!!」
手の先に光球が生まれたかを確認する暇もあればこそ、私は意図を伝えぬままに無茶な注文をぐるぐると風に弄ばれる天丼くんにしていた。
『無、茶、を』、そうチャット越しにも聞こえたけど……天丼くんは応えてくれた!
ぶおんっ! 切りもみの回転も助けとして天丼くんの真新しい盾が私たちをも追い越していく。
だから私も応える為に、その盾をターゲティングする。
『〈ターゲット、ロック〉、リ、リースッ!』
私の手の平から緑色の光球が落下する盾を追い、それに命中した!
「備えて!」
それだけしか言えなかった。発動した法術は盾を中心に風を巻き起こした、瞬く間に緑色の風は球体を形作る。
《風属性法術》エキスパートスキル〈ウィンドクレイドル〉。
以前に使ったそれは風の繭となって私たちを受け止める、が次の瞬間クリアテールさんからの情け容赦の無いブレスが直上の私たちに放たれた!
「〜〜〜〜っ!!!」
それはあっと言う間に私たちの真下に展開していた〈ウィンドクレイドル〉に到達してあっさりと爆砕する。その瞬間!
――ごぉうっ!
爆砕された風の繭は風船のように弾けて上にいた私たちを強制的にブレスの進路上から退避させてくれる!
「『ぐううっ!』」
『がっ!』
〈ウィンドクレイドル〉は本来〈プロテクション〉に近い防御スキル。
渦巻く風があらゆるものを弾き、一定以上のダメージを受ければ爆発して暴風を撒き散らして近くに存在するものを吹き飛ばし、追撃などを防ぐ追加効果を有する。
その効果を用いた緊急回避でどうにか直撃は避けられた、でも天丼くんと私を庇ってくれたセバスチャンさんが余波によりダメージを受けてしまい、HPがそれぞれ黄色と赤にまで削られる。
(それだけで済んだとも言えるけどっ、状況が悪いっ!)
元から防御力が高くHP残量も黄色の天丼くんならこの高さからの落下ダメージも何とかなるかもしれない。
でもセバスチャンさんは後方支援を旨としている。近接戦闘もこなせるけど、それでも天丼くんと違って防御力もHPも高くはない、現にHPは真っ赤……下手をすれば戦闘不能に陥る。
(大地神の涙の効果は蘇生は出来てもHPを1しか回復しない! HPを回復しきるまでは離れないと……でもっ)
今の私はエキスパートスキルの使用で約5分間の状態異常・封印に陥っている。
その間にセバスチャンさんを巻き込まない位置まで逃げられる? もしセバスチャンさんを巻き込めば蘇生する度に追撃を食らってしまう可能性すらある。
蘇生アイテム・大地神の涙はこの戦闘のまさしく生命線。それが有限である以上、1つとして無駄にしてはいけない。
(天丼くんも……遠いっ!)
落下する彼はほぼ反対方向に飛ばされてしまっている。こうなるとヘイト上昇効果のあるスキルが頼りか――近付く地面に体をギュッと強張らせるとセバスチャンさんが真っ直ぐに下を見ながら呟く。
「『アリッサさん、貴女はどこに落ちた――ぐぬっ?!』」
――メキリ。
決め顔で何か格好良く決めようとしていたセバスチャンさんの脇腹が嫌な感じに曲がっていた。
誰かの足によって蹴り飛ばされたのだ。痛そう。
が、それにより落下方向が変化する。地面まで残り数メートルだったけど廃墟の壁に叩き付けられた格好となった。
「2人とも無事?!」
蹴り抜いた張本人が気遣わしげにそう言った。どの口で、とは私もセバスチャンさんも思わない。お陰で落下ダメージをほぼ免れた、蹴りによるダメージはそもそもPC同士では発生すらしない。
「『ナイスです……セレナさん』」
ぐっとサムズアップを返すセバスチャンさんだけど、それでも痛みはあるのか脇腹を押さえ、その腕から私が解放される。
「『ご帰還早々申し訳無いのですがアリッサさんを……!』」
「みなまで言わない。バトンは確かに受け取ったから!」
バトン扱いも何のその。私は駆け出したセレナにパーティー申請を出す。一旦ログアウトした為にパーティーから離脱してしまったからだ。
『キュイ〜!』
「ひーちゃん! 良かった、巻き込まれずに済んだんだね」
その間に遠方へと退避していたひーちゃんも合流し、セレナをパーティーに再度迎えて一旦全員集合。
するとセレナはパーティーチャットで天丼くんに怒鳴り掛ける。
「『天丼! 次はアンタでしょ! 早くログアウトしちゃいなさいよ!』」
『いや、それが……』
別方向に落下して行ったので安否が不明だったけど、どうにか無事みたい。ただ、その声には陰りがある。
『盾がどっかにすっ飛んじまったんだよ!』
あ。
(私がさっき〈ウィンドクレイドル〉の対象にする為に投げさせちゃったから……)
法術を初めとしたスキルには対象に接触した瞬間に発動する。逆を言えば接触する対象が無ければ発動出来ない。
誰かを対象に〈ウィンドクレイドル〉を発動してしまったらクリアテールさんの攻撃に空中で的になるだけだった。
だからあの時は適当な対象が欲しくて天丼くんに“何か”を投げてほしいと頼んだんだ。
『幸い大穴にはスプラッシュブレスに弾かれて落ちなかったみたいなんだが……どうも廃墟のどっかにすっ飛ばされちまったみたいなんだ』
『それは美味くありませんな。ログアウト時にアイテムを野外に放置した場合はそのまま残ってしまいます。開幕先制の一撃と先の一撃をまともに受け、耐久値は大分削れてしまっている筈……』
「じゃあ、クリアテールさんの無差別攻撃に晒されてしまえば……?!」
アイテムに設定されている耐久値が0になれば効果を得られず、性能を発揮出来なくなる。そして更に超過した場合、アイテムは破壊されてしまう。
『そんなワケなんだ、順番を変えてセバさんが先にログアウトしてくれ。俺は戻ってくるまでに盾を探しておく』
盾が見つかるまで全員で探すのも手だけどそうすると連鎖的にログアウトが遅れていく。
そうなれば現実での諸々の用事にも差し支えてしまう。
危険は高まるけどそうするしか無い。
『……そうなりますか。承知致しました、天くん幸運を祈っておりますぞ』
『おう、ゆっくりしてきてくれや』
天丼くんの強がりと分かるセリフに応えてセバスチャンさんがログアウトする為に湖畔へ向かっていった。
ヘイト値が低かったからか、クリアテールさんの追撃は無く、無事にログアウト出来たみたい。
「ひーちゃん、上空から天丼くんの盾を探してあげて。えっとね――」
『キュイ!』
約5分間の封印状態が自然浄化されるまではひーちゃんにも出番は無いので探索に向かわせる。
入り組んだ廃墟でも、上からなら探しやすい筈だから。
(セバスチャンさんが戻るまでに見つかればいいけど……)
だがあまりそちらにばかり気を向けられない、天丼くんがヘイトを稼げない分、私たちへの攻撃はより激しいものとなり、セレナが1度戦闘不能に陥ってしまう。
「『受け身気をつけて!』」
そうした攻撃に私を巻き込まないように投げ飛ばされ、水の中に飛び込む羽目にもなった。
「『ちょっと!まだ見つかんないの?! このノロマ!』」
蘇生後HPを全快させ、私と合流したセレナはチャットで繋がれた天丼くんに文句を言う。
盾の捜索の為にヘイト稼ぎを出来ていないのでセレナに負担が集中していた。
『仕方無いだろここ結構広いんだよ!』
ブラノーラはアラスタ程ではないけど相当大きなライフタウンだった。中心部が大穴に没してしまったとは言え残った廃墟は十分以上に広い。
「セレナ、天丼くんは悪くないんだからそこまで言わないで」
そこから盾を探し出さねばならない天丼くんの苦労は推して知るべし。そしてその苦労をさせてしまっているのは私なのだ。
「『つってもさぁ……』」
渋い顔のセレナ、あの時はパーティーチャットが聞こえてなかったから状況はあまり理解は出来ていなかったりする。
きちんと説明をしたいけど、そんな時でも攻撃は続いている。クリアテールさんの声がまた響くから、私たちは意識を切り換えざるをえない。
『逃げてばかりでは飽く。追い立てるも狩りの流儀か?』
ザザ……! 水が蠢き、湖畔側から津波が押し寄せようとしていた!
封印状態だった事もありこちらからの攻撃回数は目に見えて落ちていた。逃げてばかりの私たちに痺れを切らしたの?!
『タイミングが悪い!』
もしも盾が波に攫われてしまえば行き着く先はあの底をも知らせぬ大穴。
そして金属製の重厚な盾なのだから1度落ちてしまえば回収は……おそらく不可能。折角新調したばかりの盾がそうなってはまさしく悪夢だった。
「……セレナ。私を廃墟の上に運んで」
「『ちょ、本気?』」
セレナが焦って声を上げる。
私たちは現在廃墟の中をじぐざぐと逃げている、お陰で直接の攻撃を逃れているのだ。
だから廃墟の上になど行けばクリアテールさんの目に留まり、それこそ様々な攻撃の嵐に晒されてしまうのは火を見るよりも明らかだった。
「危険は百も承知だけどそれでも」
万一の時、どうにかしなければいけないと言うのならそれはやはり私の役目と思うから。
「『ぐ、ったくもう手間の掛かる!』」
迷う素振りは一瞬、セレナは目前に迫っていた津波をやり過ごそうと背にしていた廃墟の壁を自慢の脚力でもって駆け上がり、中心部付近の廃墟に辿り着く。しかし、そこでセレナの手が私から離れる。
「セレナ?!」
ザバンッ! 津波が廃墟を叩く中、屋根で待機する私を置き去りにセレナが他の屋根へと跳躍していく。
『何するつもりか知らないけど、時間稼ぎくらいならしてやるわよ! だから、さっきのはこれでチャラにしといて!』
さっきの、天丼くんへの言葉を指しているのかそう言って大鎌を実体化させてクリアテールさんへ向かうセレナ。
その背中にお礼を言い、私は天丼くんが盾を探していた方角を凝視する。
流れる津波は基本的にこの湖同様透明度が高く、中心へと集まる。なら――!
「あ、見つけたんだね!」
遠く、廃墟の上で明滅する光点がある。
それはひーちゃんに教えていた合図、廃墟に引っ掛かっているなら光り続ける、水に流されているなら点滅を繰り返すようにと。
その光点は徐々に移動し、やがて私の視界にもその直下にある物を捉える事が出来た!
重さ故かゆっくりと、けど確実に大穴へと流されていく盾がキラリと輝く。
「でも……あの位置は……!」
位置を報せても鎧を着込んだ天丼くんでは泳ぐなんてとても無理。セレナは距離があって難しい。ひーちゃんは水には飛び込めない。私自身の移動力では……えー、廃墟から降りるのも難しくてですね……。
(なら、津波が引くまで持たせる!)
ターゲットサイトが彼方の盾を捉える。対象が常に動いていて距離もある、いくら照準を合わせる〈ターゲットロック〉でも当てる事は難しい。
いえ、そもそも津波に邪魔されて正常に発動するかどうかすら怪しい。水に当たった瞬間に発動する可能性がある、なら……。
「“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ土の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、猛々しく荒々しく、大地よりそびえる十二の牙、屹立し蛮行を防げ”。“轟け、土の牢獄”!」
七星杖の先に灯された橙色の光球は流される盾の少し先を目指して飛翔していった。
それはうねる津波にも負けずに地面へと吸い込まれ、盾が近付くのを待っていたかのように発動、その効果を発揮する。
《土属性法術》エキスパートスキル〈ソイルプリズン〉はチェイン系のスキルのようにモンスターの足止めを目的としたものだ。
斜めに立つ12の土柱がドーム上に展開してモンスターを内部に閉じめる。
柱は地面から出る性質上、津波が押し寄せようともその下にある地面に作用し……丁度盾を内側に囲い込む!
「天丼くん! 盾は捕まえたよ!」
『ありがたい!』
やがて波が収まって後に残ったのは土の柱とギリギリ隙間に引っ掛かっている盾だった。上手くいって良かった……。
私は水が引くのを待って(完全に無くなりはしないけど)スキルをキャンセルする。それらは完全に乾ききった土塊のようにホロホロと崩れ去っていった。
不思議な事にそんな土が落ちていても水は汚れる気配は無く、消え去ったと言う表現がぴったりだった。
『盾を回収したぞ! 支援に復帰する!』
『遅っ、あだっ!』
セレナがクリアテールさんの攻撃を受け、廃墟の屋根から水面へと落下していく。HPはどうにか残っているけど……。
天丼くんとも距離があり、私はまた封印状態。手の出しようが無い!?
『聞けよ! 〈ルーザーハウリング〉『オオオオオオオッ!!』』
ぴくりとクリアテールさんの翼が震えた。
『……耳障りな声を出す小兎だ』
セレナへ向けられていた首が反対方向へ向けられる。
「今のは――?!」
『負け犬の遠吠え、ってヤツさ。俺が受けた累積ダメージが大きい程ヘイト値上昇率が上がる。ログアウトしたらどうなるか分からないからな、今の内に……イタチの最後っぺだ』
「天丼くん下品……」
言いつつも廃墟の中を後退していく天丼くん。その後を悠然とクリアテールさんが追っていく。
「セレナ、大丈夫?!」
『まぁ、ね……ぺっ! ったく水飲んじゃったわよ。この上ポーションがぶ飲みしなきゃいけないとか罰ゲームだわ……』
文句を言いつつHP回復に努めるセレナの様子にほっとしつつクリアテールさんを視認し続ける。
背を向けている今なら攻撃のチャンスなのに……もどかしい。
『ぐ、あっ……!』
耳には断続的に天丼くんの苦悶の声が届く。視界内のHPゲージからまだ戦闘不能にはなっていないと分かるけど……既に黄色くなっていて、クリアテールさんの攻撃なら一撃で吹き飛ぶ公算だった。
ポーションを飲む隙があればいいけど……。
『私が行くわ、アリッサはそこでじっとしてて!』
「……了解」
どの道今は役立たずな私だ、そう言う以外に無い。
駆け出したセレナは大穴を迂回してほぼ反対側の廃墟を目指す。〈ウォーターフロート〉を使って最短ルートを走らせてあげられたらいいのに……。
とは言えさすがはセレナ、どうにか天丼くんが戦闘不能になる前に間に合い攻撃してクリアテールさんの意識を自身に向けていく。
『キュー……』
(ひーちゃんを単身で赴かせるのも手だけど……)
逡巡するもだめだと首を振る。
あくまで私の攻撃を強化するだけの〈ファイアブースト〉と違って、ひーちゃんが攻撃するとヘイトはひーちゃん自身に向く。
クリアテールさんの攻撃ならひーちゃんは一撃でHPをすべて奪われてしまうに違いない、そうなれば再召喚までにしばらく時間を必要とする。
そうなれば攻撃で得られる経験値も下がるので今は時間に任せる以外に無い。
「ああもうもどかしいっ!」
やがて視界から厄介な×マークが消える。攻撃して注意を分散すれば2人の助けになれる……けど問題がまだあった。
今は私1人、だからクリアテールさんに追われては逃げる事は難しい。攻撃に晒されれば……。
(いえ、そうしてばかりもいられない。セレナはギャンブルって言ってた、安心で安全なギャンブルなんて、無い!)
今回の戦闘の都合上私は極力戦闘不能に陥るのは避けるべきだけど、それで2人ともが戦闘不能となってはどの道辛い。
私もこの後にログアウトを控えているから多少蘇生猶予が削れても回復は出来る筈なのだから!
「2人とも! こっちからも攻撃を再開するよ!」
『ちょっ、大丈夫なの?!』
『大丈夫になるように、こっちでヘイト管理するんだろ。それにそもそもアリッサの為のパワーレベリングだ、やれる時にやった方がいい。俺はもう大丈夫だからお前はアリッサに合流しろ』
『本来のフォーメーションに戻すワケね。ま、元々アンタの盾から始まったワケだし、苦労すんのは当然ね。せいぜいがんばんなさい!』
そして私からの攻撃が始まる。どうせ大して痛くも痒くもないだろうけど……!
「やるよひーちゃん!」
『キュ!』
スペルカット+〈ダブル・レイヤー〉によってドカドカと法術が彼方に翼を広げるクリアテールさんに命中していく。
遠距離攻撃においてはターゲットサイトで対象を捉えるものだけど、サイトの大きさはパラメータの技値に依存する為、私では本来正確に狙いを定められる距離に限界があるけど……あそこまで大きいと当てるの楽でいいなあ。
(当てるだけならだけど)
当てる度にこちらを気にする素振りが大きくなり心臓に悪い。
隙を見てこちらへ走り出したセレナが無事に合流するのがもっと遅かったらと思うとやっぱり恐い。
「『見て、セバスチャンのご帰還よ。なんか微妙に長かった気がするわね』」
セレナの声にテントのある方向を見れば、セバスチャンさんが廃墟の屋根を飛んで反対側で悪口を叫ぶ天丼くんに合流する。
ウィンドウでパーティーに再加入した旨が伝えられるとチャットからセバスチャンさんの声が聞こえる。
『お待たせして申し訳ありません。天くん、交代致しましょう』
『助かるぜ、そろそろ蘇生猶予も回復したいからな……っと、どうせなら置き土産だ。最後に1発かましてやるか』
そう言って盛大な悪口をスキルを用いてばら蒔き、余計な全体攻撃をもたらした天丼くんには帰ってきたら囮役を押し付けようと可決されたのでした。
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すっかりとひーちゃんの存在を忘れていたので加筆・修正しました。
ごめんよひーちゃん……。




