5話:フシミイナリ大社劇場・2
「ウオォォオオオオ!! ツッキーちゃーーん!!」
少女が踊り、跳びはね、くるりと回るたびに、ステージ前に集まった男たちから歓声があがる。
踊りに合わせて長い髪がふわふわと揺れ、ひらひらとした衣装からは健康的な肢体がのぞき、男たちの視線を集める。
大きな胸はぽよぽよと弾んで、少しかかとの高い靴は、ステージの床板を叩いて鳴らす。
「どきどきー、ばっきゅーん!」
少女が歌詞に合わせて観客たちを指差し、鉄砲で撃つ真似をすると、男たちは皆自分の胸を抑えて撃たれた振りをした。
ステージの上と下での一体感。
昨日今日で培われたものではなかった。
さらには。
ときに甘く、ときに切なく。
それでいて朗々とした歌声は力強く響きわたり、広場の端から端まで余さず包み込んでくる。
どこからともなく流れてくる音楽は少女の歌声をよく引き立て、少女の踊りを盛り上げていた。
一曲終わるたびに観客からは万雷の拍手が鳴り響き、少女は観客たちに手を振って、それから次の曲が流れ始める。
合間あいまに「ツッキー最高ー!」とか「愛してるぞー!」とかの声が観客の中から聞こえてきた。
『……なんですか、これ』
しばらく様子を見ていたウルスラがぼそりと呟いた。
なんというかこれは、あまりにも。
「おおー……、歌も踊りも上手だね、あの子」
『まるでアイドルライブのようですわ……』
「あいどるらいぶ?」
ウルスラは、ライアスに説明するのがなんか嫌だと思った。
『……アイドルというのはですね、歌って踊って笑顔を振りまいて、人々を元気にする仕事をする者のことですわ。ライブはその舞台のことです』
「へー、すごく立派だね」
『ええ、本来は立派なことだと思いますけれども』
ライアスはなんとなく、流れている音楽に合わせて手拍子を叩いている。
ステージのそばにいる男たちは、なにやらキレのある動きで応援の踊りみたいなものを踊っているようだ。
「でもさ、気配でなんとなく分かるけど、あの子が妖魔なんだよね?」
『はい。それほど強くはないようですが、間違いなく妖魔です』
「何の妖魔なの? アイドルの妖魔?」
『アイドルは職業であって種族ではないですわ……』
妖魔は基本的に、元になった生物の延長となる姿かたちをしている。
長い年月をへて成長し、まがまがしさを増していったとしても、大元の生物の姿の名残は見てとれるはずだ。
「あの子、完全にヒトに見えるんだけど」
『……私にもそう見えますわ』
「鬼でもないよね。ツノがないし」
そして、ヒトが妖魔化したものが鬼である。
鬼には必ずツノが生えており、鬼のツノは一見してそれと分かる。
ステージで踊る少女には、そうしたツノは見てとれなかった。
『頭の大きな飾り布の下にも隠されてはいませんね』
「となると……、人化の妖術でも使ってるのかな?」
人化とは、ヒトの姿に化ける妖術のことだ。
キツネやタヌキなどが人を騙すときに使ったりすることがあるほか、長い年月を生きて知性を獲得した妖魔が習得する場合もある。
どんな姿になるかは使うものしだいだが、だいたいが人をたぶらかすために使うので、美男美女となることが多い。
また、龍などは生まれつき人化が使えるらしい。
使う場面が来ることはめったにないだろうが。
『そもそも、なぜ妖魔がこんなところでアイドルの真似事をしているのでしょうね』
「さぁ、なんでだろうね?」
『人を集めてさらってしまうつもりでもなさそうですし』
観客の男たちの姿を見れば、この場に何度も通ってきているということが分かる。
ライアスは近くにいた男に話しかけてみた。
「ねぇねぇおじさん」
「あ? なんだよ今良いとこだろ邪魔すんなよ」
「俺、ここに来るの初めてなんだけどさ、あの子はいつからここで歌ったりしてるの?」
ライアスが新参者だと分かったとたん、男は嬉しそうに語り始めた。
「なんだ、お前もツッキーちゃんの噂を聞いて見にきたのか」
「うん、まぁ、そんなとこ」
「可愛いだろう、ツッキーちゃんは。あの色っぽい身体にいやらしい服。顔もそこらの町娘なんて比べようもないくらいべっぴんさんだ」
「そうだね。歌も踊りも上手だよね」
「ああ、日々の仕事やカミサンの相手で疲れた俺たちのために元気な姿を見せてくれてるんだ。見ろよあの服の丈を。下履きまで見えちまいそうな短さだろ? あそこから出てるふとももを見てるとな、心がすぅーっと軽くなるんだ。はぁ、いつかあのすべすべしたふとももに思いっきり頬擦りしてみてえなぁ」
「……そうなんだ」
ライアスは「ちょっと危ない人なのかな」と思って一歩距離をとった。
ウルスラがかなりイラッとした表情を浮かべている。
「俺がここを知ったのは一か月ぐらい前だったが、他のやつに聞いた感じでは三か月ぐらい前からやってるらしい。数日に一回、夜が更けてから開催してるよ」
「へー。ちなみに、その法被とうちわはどうしたの?」
「お前も欲しくなったんだろ? 歌と踊りが終わったあと、こういう小物類を売ってる女がやって来るんだ。今日もこのあとで売りにくるだろうから、そこで買えばいいさ」
「分かった。ありがとね」
ライアスが礼を述べると、男はまたステージに向き直って熱い声援を送り始めた。
ライアスもとりあえず、今日のところは静かに見ていようと思った。
やがて演目が終わったのか、少女は大きく手を上げる。
「今日はここまでなのだ! みんな、楽しんでくれたかな!?」
男たちから野太い声援があがり、少女は満足そうに笑った。
「ツッキーも楽しかったのだ! みんなありがとう! 次回は三日後にやるから、忘れずに来てほしいのだー!」
「ウオォォオオオオオオオ! ツッキーちゃーーん!! また来るよー!!」
「お帰りはあちらまで! 今日もぐっずの販売はまねーじゃーがしてくれるからねー!」
そう言って少女はステージを去る。
少女の姿が見えなくなってから男たちは帰り始め、ある程度人の波が消えるまで、ライアスはその場に留まった。
「あれが販売所かな?」
『おそらくは』
広場の出口のあたりに、法被やうちわを並べて売っている女がいた。
色々買っていっている男たちの集団がいなくなったのを見計らって、ライアスは販売所に向かう。
「こんばんは」
「はぁいこんばんは。何を買ってくの?」
「お姉さんがまねーじゃーさん?」
「? そうだよ、ボクがツッキーのマネージャー」
「あの子どうして、あいどるをしてるの?」
「本人がやりたいって言ったからだよ。ボクはそのお手伝いをしてるんだ」
「どうしてここで?」
「このあたりが、一番やりやすいからだね」
「あの子、生まれはどこ?」
女は、ぴくりと眉を動かした。
「……女の子の秘密を暴くのは、あんまり感心しないかな」
「いやぁごめんね、ちょっと気になっちゃって」
「それと、ボクはグッズを売ってるんであって、お客さんとおしゃべりをするのが仕事じゃないんだよね」
「それもそうだね。その法被とうちわと、ハチマキも買わせて」
「まいどありー」
ひらひらと笑顔で手を振る女に見送られながら、ライアスは千本鳥居をくぐって山を降りる。
「三日後、って言ってたよね?」
『言ってましたね』
「色々調べて、また来ようか」
ライアスは、さてどうしようかなと考えながら宿に戻った。




