5話:フシミイナリ大社劇場・1
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結局、ライアスがヘイアン城から帰ったのは翌日の朝であった。
サヤカが酔い潰れたあと今度はレンゲとの飲み比べが始まってしまい、レンゲが持ってきた酒樽が空になっても勝負がつかなかったのだ。
レンゲが二樽目を取りに行ったところでお城の役人から泣きが入った(とても高いお酒らしい)が、レンゲは気にせずお酒を部屋に持ち込み、ついでに止めにきた役人たちもむりやり引っ張ってきた。
そしてお城の一室で大宴会が始まってしまったわけだ。
他にも高そうなお酒をいくつかと料理人に作らせた大量の料理が出てきたので、ライアスはとても満足だったし、ライアスの飲みっぷりを見たレンゲも、気持ち良さそうに酔っ払っていた。
かわいそうなのは連れてこられた役人たちで、高いお酒を大量に飲まれたうえに自分たちも吐くほど飲まされて全員ぶっ倒れてしまっていた。
あの部屋で素面だったのはお酒が苦手で飲まないミナコだけで、酔い潰れて寝ているサヤカを看ながら「地獄絵図ですー……」と呟いたとかなんとか。
「むふふははは! 楽しいのう! これだけ呑める男は久しぶりなのじゃ! ほれ、もう一杯、もう一杯」
と、レンゲがライアスの盃に酒を注ぎまくっても、ライアスは水かお茶のようにお酒を飲んでしまううえに「返盃だよ」と言ってレンゲに盃を返すので、返されたレンゲもつい調子に乗って飲みすぎてしまい。
レンゲもだいぶ酒に強いほうだが、後半には「ライアス、お主いつの間に五人になったのじゃ?」とか「ワシの名前を言ってみろー」とかよく分からない感じになっていた。
それとレンゲは、酒気にあてられて顔を桜色に染め、巫女服がはだけて肩や鎖骨やうなじが見えてしまっていたが。
見た目の歳の頃が一〇歳ぐらいなので、ライアスはまったく気にせずにお酒のほうばかりを楽しんでいた。
「あれ、そういえばレンゲちゃんってお酒飲んで大丈夫だったの?」
「レンゲさんはー……、私のお母さんのお母さんが生まれたときからゴジョウ巫女をしてるような方なのでー」
「え……、レンゲ、……さんって、今いくつなの?」
「さぁー? 少なくとも、お城にいる人は誰も逆らえませんー」
というやり取りや、
「……俺もだいぶ酔ったのかな。レンゲさんに狐みたいな耳と尻尾が生えてるように見える」
「生えてますよー。普段は隠してますけど、酔いが回って出てきたんでしょうねー」
「レンゲさんって何者なの?」
「昔は色々あったのじゃー、っていつもはぐらかされてますー」
というやり取りもあった。
ちょっとお酒を分けてもらってほろ酔いになっていたウルスラが「ケモ耳尻尾のじゃロリババア巫女とか属性盛りすぎですわ」と訳の分からないことを口走ったりしていた。
そしてなんだかんだと宴会は続き、ライアスが帰ったのは朝陽が昇ってからになったわけだ。
また、お城を出るときには、見送りにきてくれたレンゲ(ミナコに肩を借りている)からこのようなことを言われた。
「ライアス、お主にひとつお願いがある。最近、昔ワシが世話になっていたフシミイナリ大社で夜な夜な悪さをする者が居るらしいのじゃ。行って懲らしめてきてくれんかのう?」
ライアスはふたつ返事で「いいよ」と言って、自分の宿に戻ったのだった。
宿に戻って一眠りしたあと、ライアスは夕方ごろに目を覚ました。
身支度を整えて宿を出ると、レンゲに言われたフシミイナリ大社を目指す。
「神様、ちゃんと起きてる?」
『ええ、もう大丈夫ですわ……』
「夢の中でいきなり抱きつかれたときは何事かと思ったよ」
『うう……、思ったより酔いが回っておりました。不覚です』
「神様もそんなにお酒は強くないんだから、節度ある飲酒をしないとダメだよ」
『ザルの貴方には言われたくないですわ……』
フシミイナリ大社は、キョウの都の中心部から少し南に行ったところにある。
ライアスの宿から歩いていってもそんなに時間はかからない。
しばらく歩いていると大社の本殿と、名物の千本鳥居が見えてきた。
ライアスはひとまず、本殿の周辺をぐるりと見て回った。
「夜な夜な、って言ってたから日が沈み始めてから宿を出たけど、たぶん大丈夫だよね? あんまり危ないやつならベガさんとかがすでに退治してる気もするし」
『それでも油断は禁物ですよ。夜は人間の時間ではありませんから』
本殿のまわりを一周してみたが、特に目立った異変はない。
すでに太陽は沈みきっていて、だんだんあたりは薄暗くなってきた。
『む、これは』
「なにか感じるの、神様?」
『うっすらとですが、妖魔の気配を。どうやら上のほうですわ』
ウルスラが御守袋を動かして指し示したのは、本殿の背後にある山の中腹あたり。
フシミイナリ大社名物の千本鳥居を登った先になりそうだ。
「あっちね」
『今まではどこかに隠れていたのでしょうか、ふいに気配が現れました』
「強そう?」
『いえ、そこまでは』
「じゃあとりあえず登ってみようか」
ライアスは、鳥居をくぐって山道を登っていくことにする。
真っ赤な鳥居がずらっと並んでいる姿は壮観だが、今はじっくり見る暇がない。
石段を一段一段登っていると、ライアスは妙なことに気付いた。
「……? なんか、上のほう明るくない?」
ウルスラが指し示したあたりに、なぜか明かりが灯っていた。
よくよく見てみると提灯が吊られていて、しかもちらほらと人影が見える。
下から見たときは気付かなかった。
『なんだか活気がありますわね』
「縁日でもしてるのかな」
『妖魔がいるのにですか?』
「縁日をしてるから妖魔が来たとか?」
さらに驚いたのは、千本鳥居の中を他にも登っている者がいるのである。
若い男たち五、六人が同じ柄の法被を着て、手には団扇のようなものを持って歩いている。
細い道で抜くに抜けないので、ライアスはその集団の後ろをついていくことにした。
集団の男たちの会話が、ライアスの耳に入ってくる。
「ああ、今日もツッキーは可愛いんだろうなー」
「ほんとほんと、ウチのカミサンもあれぐらい愛嬌があればいいのになー」
「夜しか会えないってんなら、こうして毎晩でも通っちゃうよ」
「マジ天使」
ライアスは首を傾げる。
ツッキーとは誰だ。
『なにやら、異様な雰囲気を感じますわ』
「うん」
そうして鳥居を抜けると、広場になっているところに出た。
下から見えていたのはここで、大量の提灯に照らされて広場はとても明るい。
先ほど登っていた男たちの他にも、たくさんの男たちが広場に集まっていた。
「縁日、って雰囲気でもないね」
『どちらかといえば、これは……』
その時、広場中に響く声があった。
可愛らしい少女の声だ。
「みんな! 今日もツッキーに会いにきてくれてありがとうなのだ!」
とたんに、広場に集まっていた男たちが「うおおー!!」と声をあげる。
男たちは、広場の奥に作られたステージの前に我先にと集まり、ステージにはひとりの少女が現れた。
大きな胸を惜しげもなく見せびらかして、長い足もこれでもかと露出して。
ふりふりとした飾りがたくさんついた、ふわふわひらひらの服を着た少女は。
「それじゃあ早速、みゅーじっくすたーと!」
どこからともなく流れ始めた軽快な音楽とともに、男たちの前で歌って踊り出した。




