4話:ヘイアン城にてゴジョウ巫女と・2
「えー……、お見苦しいところをお見せしましたー……」
落ち着いたミナコが、申し訳なさそうな顔で言う。
それに合わせてサヤカも謝ってきた。
「ははは、ごめんな! せっかく来てもらったのに!」
「俺は、別にいいんだけど……」
「お詫びと言っちゃあなんだけど、今からあたいと勝負しようぜ!」
「しょうぶ」
『お詫びとは……?』
お詫びという言葉を一度辞書で調べてみてほしい。
ウルスラはサヤカに対してそう思った。
「……お酒の大飲み勝負ならいいよ」
「ホントか! 待ってろ、ちょっと厨房から酒とってくる!」
またもや部屋から飛び出そうとしたサヤカの襟首を、今度はミナコが掴んで止めた。
「サヤカちゃん、これ以上引っかき回さないでくださいー」
「なんだよミナコ、止めないでくれよ! あたいは今、このライアスと勝負したくてウズウズしてるんだ!」
「そんなことの為に呼んだんじゃないでしょー!」
「少なくともあたいは、そんなことの為に呼んだんだぞ!」
ミナコは、「うおー、離せー!」とじたばたするサヤカを引っ張ってむりやり座布団に座らせた。最後に柄杓でサヤカの頭をぽこんと叩く。
「ライアスさんも、空いてるところに座ってくださいねー」
「う、うん」
『顔は笑ってますけど、内心はだいぶ怒ってますわ』
ライアスはそろそろと空いている座布団に腰を下ろした。
ミナコはサヤカの隣にちょこんと座り、サヤカがまた余計なことを言わないように睨みをきかせた。
「それにしても、立派なお部屋だね」
ライアスが、きょろきょろと部屋の中を見回す。
畳敷きの広い部屋で、部屋の上のほうにある欄間には細かい彫り細工が入れられていた。
部屋の奥にはきれいな柄の屏風が置かれていて、その近くには大きくて頑丈そうな四角柱形の行灯もある。
ライアスが座っている座布団もとてもふかふかしていて、なんだか自分が場違いなところにいるみたいだった。
「さすがヘイアン城、使ってるモノが違う」
「この国を代表する建物なので、それなりにー」
「ま、あたいたちが金出して建てた訳じゃないんだけどな!」
「あたりまえでしょー……。ところでサヤカちゃん、他の皆はどちらにー?」
ミナコがふと問う。
今、この部屋の中にいるのは、ライアスとミナコとサヤカの三人だけだ。
他にもいくつか座布団は出されているのだが、座っている者がいない。
そしてミナコがライアスを迎えに行くまでは、あと二人ほどこの部屋にいたのだ。
「ヤマメさんは、ミナコが出ていってすぐに帰ったぞ。なんか下の子が急に熱を出したとかで、慌ててすっ飛んでった」
「なんと……、大丈夫なんでしょうかー?」
「お大事にーとは言っておいたけど、まだちっちゃいから色々たいへんだよな。それとレンゲさんは、さっきまでここにいたのに気が付いたらどっか行っちまってたな。あたいもどこ行ったか知らない」
どうやら、部屋にいた他の二人は別のところに行ってしまっているらしい。
ミナコは困ったような顔になった。
「そうですかー……。ウタノさんもオオエ山から帰ってきませんしー、せっかくライアスさんに来てもらったのに、ちょっと寂しいですねー」
「それは大丈夫。なにせ一番来てもらいたかったあたいが残ってるんだからな! だからライアス、あたいと勝負しようぜ」
「そんなに俺と戦いたいの……?」
ライアスとしては、なんでそんなにサヤカが好戦的なのか分からない。
「当たり前だろ。あたいの名前はサヤカ、キョウの都がゴジョウ巫女のひとり、アタゴ様の巫女サヤカだぜ?」
「うん、俺はライアスだし、その説明だとよく分からない」
「なんだと」
「いや、ほんとに」
ライアスの反応に、サヤカはショックを受けて後ろに倒れ込んだ。「そんなバカな、アタゴ様を知らない人間がこの世に存在するなんて……」とまで言われているが、ライアスはあまり神様に詳しくないのだ。
見かねたミナコが説明してくれた。
「アタゴ様はー、火の神様にして戦の神様ですー。キョウの都でもかなり知名度の高い神様なので、誰でも名前くらいは聞いたことがあるかとー」
「俺、トサ之国の出身なんだよね」
「トサ之国にも社はあるからな!?」
ガバッと起き上がったサヤカが吼えた。
そんなこと言われても、知らないものは知らない。
「公正な戦いを好む神様でー、力比べとかを見るのが好きだそうですー」
「なるほど、どうりで」
宗教上の理由があるわけか、とライアスは納得した。
「いや、それは単にあたいが戦うの好きなだけだよ」
「……そう。まぁ本当に勝負したいなら、さっきも言ったようにお酒の大飲み勝負なら受けて立つよ」
「……トサ之国の奴ってどいつもこいつも鬼のような大酒飲みなんだろ? 酔い潰すには一斗樽がいくつあっても足りないって聞くんだが」
ヤマタノオロチ伝説のようだ、とウルスラは思った。
「さすがにそれは大袈裟だよ。普通の人は普通に酔うし」
「そうなのか。……ちなみにあんたは?」
「どろめ祭りで優勝したことはある」
『バカなんですか?』
簡単に言うと、大きい盃にお酒(一升ぐらい)を入れて一気飲みする早さと飲みっぷりを競う大会があるのだ。
正気の沙汰ではない。
「予想以上の強敵だな……」
「サヤカちゃん、そこまでお酒強くないでしょー。やめといたほうがいいですよー」
「しかし難敵に挑むのもまた楽しからずやだ。ミナコ、厨房に行って酒を貰ってきてくれよ。あたいはやるぞ」
完全にやる気になっているサヤカに、どうしたものかとミナコが悩んでいると。
「みんな、お待たせなのじゃ!」
部屋のふすまが勢いよく開いて、女の子が入ってきた。
「あ、おかえりなさいー」
「レンゲさん! どこ行ってたんだよ!」
「むふふ、ちょいと厨房にな」
「厨房?」
レンゲさんと呼ばれる女の子は、なにやら重そうなものを転がしてきて部屋の中に持ち込んだ。
「せっかくお客を呼んだんじゃからな、おもてなしをしないといかんじゃろ?」
「あ、これ美味しいやつだ」
ライアスが嬉しそうに反応する。
レンゲが持ってきたのは、大きな酒樽と大きな盃を何枚かであった。
「間が良いのか悪いのか分かりませんねー……」
ミナコが呆れたようなため息を吐く。
サヤカはさっそく樽を開けにかかり、ふたを外したとたん、ほのかな甘い香りが漂った。
お酒が苦手なミナコは、少しだけ顔をしかめた。
「ミナコ、注いでくれよ!」
「私の柄杓は、そういうことに使うものではないんですけどー」
「それで注いだほうが美味しくなりそうじゃん!」
渋々ミナコはお酒を注ぎ、サヤカはライアスにも盃を渡す。
「では、勝負だ!」
「うん、かんぱーい」
結果だけ述べると、双方二十杯を越えた時点でサヤカが酔い潰れたが、ライアスはけろっとしたままお酒を飲み続けた。




