9話:再会、侍と巫女・3
ライアスたちも、イゾウに続いて家に上がる。
客間に通されると座布団に座り、ナツコの用意してくれたお茶を飲んだ。
ライアスは普通に飲んでいるが、ミケとタマヒコは熱いお茶に少々苦労している。
「美味いだろ? 最近いい茶葉が手に入ってなぁ」
この家の主は、いれたばかりの熱いお茶を一息で飲み干し、早くも次を注いでもらっていた。
いつものことなのか、ナツコも慣れた様子である。
「あなた、いつも味わわずに一気飲みするのに味なんて分かるの?」
「分からん! だが、こういうのはなんとなくでいいんだ、なんとなくで」
ライアスが一杯飲み終えるまでにイゾウは三杯茶を流し込み、ライアスが飲み終えたのを見計らってから、話を切り出した。
「さて、ライアス。ぼちぼち話を聞かせてくれや。いったい、何がどうなった? そこの坊主とニャンコやらも、お前が強くなりたい理由のひとつか?」
「それもあるよ。それもあったし、他にも色々ある」
「ライアス君についてる神様のことも、それに関係があるのかしら?」
「そうだよ。めちゃくちゃ関係がある。……実はね――、」
ライアスは、イゾウとナツコに、ここ半月ばかりの間にあったことを全て話した。
綺麗好きな神様と出会ったこと。
清めの力を渡されたこと。
妖魔に襲われてひどい目にあったあと。
神様の力で、妖魔と戦えるようになったこと。
魔女と戦ったこと。
墓地の怨霊を祓ったこと。
大河の町で大掃除をしたこと。
タマヒコとミケに出会ったこと。
そして、退魔師のベガに殺されかけたこと。
それらを全部順番に、イゾウとナツコに話して聞かせた。
イゾウは、聞いていく内になんともいえぬしかめっ面を浮かべていったし、ナツコはビックリ仰天、とばかりにポカンと口を開けていた。
「――と、いうわけでね。要するに、ボコボコにされすぎてこのままじゃダメだな、って思ったんだよ、俺は」
「……ぬーん……」
腕を組み、難しい顔でひとしきり唸ると、イゾウはのそりと口を開いた。
「何から言えばいいか分からんが……、まずもってライアス、お前よく生きてたな」
「途中何度か危なかったけどね、どーにかこーにか」
「いや、そこまでアホをやってるとは思わなんだ。ヒモドリのはともかく、凶獣相手に真っ向から挑んでたら、命がいくつあっても足りんぞ?」
「……凶獣?」
イゾウは、「知らずに戦ってたのか……」と呆れ顔だ。
「お前の言っていた特徴が確かなら、そのベガとかいう退魔師は『凶獣』と呼ばれてる奴だ。話せば分からんこともないが、話にならんときは決して近付くな、と言われてる」
「なにそれ」
「ヤマト之国のキョウの都を中心に活動していると聞いていたが、……こっちのほうにも来るんだな。人妖どちらからも平等に恐れられるような、危ない奴だよ。そいつのせいで村がいくつか潰れたりもしたらしい」
「こわい」
ライアスは、改めて無事で良かったと思った。一回死にかけたことが果たして無事といえるのかはともかくとして。
「ライアス君、あなたについてる神様、……ウルスラ様だっけ? その方のことについてなんだけど」
ここでナツコも話に入ってきた。
「やっぱり、私の記憶の限りでは、お話どころかお名前すら聞いたことがないのよね。その御守袋の聖印も見たことがないものだし。アヂスキ様に聞いてみても、分からないとしか教えてくれないし……」
これでもナツコは、他の町や村の神職たちとの付き合いもあるし、その者たちが仕える神様に失礼なことをしないように、どのような神がいてどのような言い伝えがあるのかなどは勉強しているのだ。
しかし、ライアスについている神様に関しては、まったく知識がなかった。
「あなたの身体の奥から感じる気配というか、力なのかな? その大きさとか強さってかなりスゴいのよ。だから、それだけ力のある神様で、それはつまりそれだけ名の知られた神様であるはずなんだけど……」
「けど、ナツコさんは知らない、と」
「うーん、ごめんなさい。もしその神様が怒ってたら言ってね? 私の勉強不足です、って謝るから」
ライアスが「どうなの?」と聞くと、「別に怒ってませんわ」と返ってきた。
『だって事実として私は、この世界とは縁もゆかりもありませんもの。それに、私の力の強さはここ以外の世界での信仰に由来してますから、ここの者が知らなくて当たり前ですわ』
そういうことらしい。
ライアスがそのことを伝えると、ナツコはホッとした様子だった。
「あと、そこの坊主たちのことなんだが」
「っ……!」
「僕たちのことだね」
イゾウが、タマヒコとミケを指差す。
「とりあえず、行くところがないんだろ?」
「そうなんだよね。どこか、空いてる家とかのあてはない?」
「僕らもぜいたくを言うつもりはないよ。当面は、雨風がしのげればそれでいいから、納屋や物置でも問題ないよ。ね、タマヒコ」
「う、うん。オレもそれでいい」
するとイゾウは不思議そうに言った。
「空いてる家もなにも、お前らはウチで預かることにするぞ?」
「……え?」
「なんと」
「なぁ、ナツコ。構わないだろう?」
「もちろん良いですよ。こんなに可愛い子たちなら大歓迎ね!」
イゾウの言葉に、ナツコは嬉しそうにしている。
ライアスも驚いていた。
「え、それでいいの? いや、それならそれでありがたいんだけど」
「ひとり増えるのも、ふたりと一匹増えるのもたいして変わらんだろう? 食べかかったフグというやつだ」
「乗りかかった舟、ですよ。あなた」
「そう、それだ」
「……ふたりと一匹?」
ライアスは、部屋の中を見回して、誰のことかと考える。
そしてやっぱり自分のことか、と理解した。
「え、俺も?」
「当然だろう。俺が鍛えている間は寝食をともにしてもらうからな。強い身体は健康的な毎日からだ」
「あ、鍛えてはくれるんだ」
いつの間にかオーケーが出ていた。
いつの間に。
「せっかくライアスから言い出してくれたんだ。ちゃんと鍛えてやるともさ。話を聞いたのは、どれだけ本気で強くなりたいと思ってるのか知りたかったからだ。それほどでもないなら、そこそこでやってやるつもりだったが」
そこでイゾウは嬉しそうに笑った。
ライアスはなんだか嫌な予感がした。
「まさかあの凶獣に勝ちたいとは。それならもう、全力で鍛えてやらないとな。いやぁ、腕が鳴る腕が鳴る。朝起きてから夜寝るまで、こじゃんと鍛えてやるからな! ぐはははは!!」
「……おおぅ」
そういうことになるのか。
いや、強くしてくれる分にはありがたいのだが。
「まずは最低限、素手で岩を砕けるようになるところからか」
「イゾウさん、最低限って言葉の意味知ってる?」
「もちろんだ。最低でもこれぐらいの限界はこえようぜ、の略だろう!」
『絶妙に違いますわね……』
ウルスラは、どうして今までライアスが、イゾウに鍛えてもらうのを断っていたのか、その理由が分かった気がした。
「む、今日はもう日が暮れたな。ナツコ! 飯の準備をするぞ!」
「今日はお祝いね。たくさん作らなきゃ」
「お前ら、今日は疲れただろうから、たくさん食ってしっかり休め。遠慮はいらん。特にライアス」
「う、うん」
「お前は明日から頑張らなきゃならんからな。死ぬ気で休めよ」
「頑張って休むよ」
休むのを頑張るのも変な話ですわ、とウルスラは思った。
そして、イゾウとナツコは夕食の準備をするため、台所に向かったのだが。
「おお、そうだ」
部屋から出る前に、イゾウがこんなことを言った。
「ライアスお前、明日稽古を始める前に、ナオナリとヒトコに顔見せてこいよ?」
それは、ライアスの両親の名前であった。
ライアスは「もちろん」と二つ返事で頷く。
そしてウルスラは。
『……いよいよですわ』
なんだかそわそわし始めた。




