084.次に向かうはちと遠め
「ファルン、またぜひおいでくださいね」
「ええ、もちろんです」
乗り合い牛車の乗り場で、カロリナとファルンがとっても名残惜しそうに言葉をかわしている。二人とも俺の下僕、なんてのは俺たち以外誰も知らない秘密だ。まあ、カロリナも忘れてるんだけど。
「次は、アイホーティに向かわれるのでしたね」
「ええ。世界を巡るのも修行ですから、北の大陸に向かうにはそちらまで行かないと」
「長い旅路になりますわね」
「ゆっくりがんばりますわ」
まとめた荷物はあまり多くない。カーライルとアムレクの男性二人、そしてシーラが大半を持ってくれるけど、それにしたって普通に二、三泊する程度の大きさでしかない。
まあ、荷物なんて着替えと金と移動中の保存食に水、くらいのものだし。あと筆記用具に地図とか。武器なんかはそれぞれ持ってるものだけだしな。
……武器、なあ。言われなければ、シーラの振るっている剣がだいぶくたびれたもんだって気づかなかったよ。
「さてと。めいひゃーなんとか、まで行くわけだけど」
「メイヒャーディナルの峠、ですね」
行き先を考えるとき、今までなら次の街を考えればよかった。でも、四天王を探すという目的ができた以上、次ではなくその先にある街までの道のりを考えないといけないわけで。
つってもファルン、やっぱりその名前、なんだかなあ。
「長いんだよなあ」
「メイちゃんのとうげ、ですか?」
「人名ですけれど、それで良いのでは」
この辺、ミンミカみたいにしれっと省略して覚えれば良いんだろうけれど。メイちゃんの峠なあ……実際、めいひゃー何とかの元ネタの人もメイちゃんとか呼ばれてたんじゃないのかね、当時。
それは置いといて。
「ここからだと、東廻りでぐるっと回ったほうが楽といえば楽か」
「修行の旅ですから、神都サブラナに向かわない理由にもなりますわね」
「いきなり都に行ったら修行にならないもんな」
地図を見ながら、大体の行き方を決める。中心部にある神都サブラナを避けて行くのであれば、今いる南東の大陸をできるだけ北まで進んでそこから海を渡り、メイちゃんの峠がある北の大陸に行くのが一番手っ取り早い。
神都サブラナ経由なら、どの大陸にも船が出てるそうだから楽っちゃ楽だけど。でも、敵の本陣にこの戦力で突っ込むつもりはない。うっかり正体ばれたりしたら怖いことになりかねないからな。
「東ですと、ここまで進んで船ですね」
シーラが指差したのは南東の大陸、その北の端に近いところにある街だった。しっかりマール教の教会はあるから、当然街の名前も記してある。
「ええと、アイホーティ?」
「はい。そこまで乗り合い牛車を乗り継いで行くわけ、ですね」
カーライルがそう言うってことは、乗り合い牛車って結構頻繁に出ているのな。基本的な公共交通機関、なわけだ。
電車やバスや飛行機みたいに大量運送はできないけど、この世界だとこれが精一杯だよな……蒸気機関も電気もガスもないし。
「ぎっしゃ、たいくつですー」
「おにいちゃん、いつもねてるですよ」
アムレク、ミンミカの言うとおりだぞ。もっともお前ら、耳は良いから何かあるとすぐ起きるけど。……逆に、寝ているなら何もないわけだからそれはそれでいいんだが。危険探知機か、お前ら。
「まあ、のんびり行きましょう。コータ様」
ファルンが苦笑して、それから地図を眺める。今いるのはソードバル、行き先はアイホーティ。その間にある大きな街は、と指でたどって。
「ソードバルからだと……ドンガタの村とサンディタウンを通りますね」
「書いてあるので大きいのはその二つ、あと小さな町をいくつか……か」
いや、村なのに町より大きく書いてあるのは何でだよ、と突っ込もうとしたらシーラが「コータ様」とちょっと上ずったような声で呼んできた。
「ドンガタの村を通るなら、少し資金を多めに持っていきたいのですが」
「いいけど、何で?」
「ドンガタ製の武器は、なかなか使い勝手が良いのです」
「あ、そういうことか」
良い武器作ってるのか、ここ。それで、大きめに書いてあると。シーラみたいな剣士には、そりゃ行くべきところだろう。
それに、シーラ自身が欲しがってるってことは、今使ってる剣がそろそろ寿命だったり何だったりするってことだ。
「シーラに、いい剣を買ってあげないとな。いつも世話になっているし」
だからそう言うと、シーラはなんとなくホッとしたように笑ってくれた。結構可愛いんだぞ、『剣の翼』って。




