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079.お風呂に入るは多種族で

 まあともかく、いつまでもべたべたなのは嫌だったので風呂屋に行った。海が近く、漁師や観光客が多いせいか色んなタイプのお風呂屋さんがあるらしい。

 で、俺たちが入ることになったのは金持ちが入る用の割とお高めな風呂屋……というよりはスーパー銭湯だかスパみたいな施設だった。何よりも。


「広いー」

「確かに、広い湯船ですわね」

「自分も翼を洗うことができて、助かります」

「きもちいーですう」


 うっかりすると泳げるレベルの湯船である。というより温水プールと呼んだほうが良くないか、これは。

 まあ、水着は着てないんだが。あと、俺も含めて髪の毛長い組はひとまとめにして上にあげている。この方が背中とか洗いやすいから、いいんだよなあ。

 で、この浴場っていろいろ湯船が分かれてるんだよな。ジャグジーとか、水質が違うやつとか。ちゃんと表示されてるから、間違えて入ることもない。


「あれ、水風呂?」

「そうみたいですねー」


 その中で俺がちょっと気になったのは、海風呂と表示してある一角。ちょいギョロッとした感じの目をした、全身に鱗のある女性が入っている。分かりやすく魚人なんだけど、魚の種類は分からない。


「海風呂って、何でしょうね」

「自分も存じ上げません」


 ミンミカはともかく、ファルンもシーラも知らないみたいだな。……よし。


「あの、すみません」

「んー? なあに?」


 この際、外見ロリっ子なのを利用して俺が聞くのが一番手っ取り早かろう。大人が聞くより、知らないことが多い子どもが聞いたほうが。いや、中身元社畜だけど……ああ、すっかり忘れてるよなあ、社畜時代。戻りたくもねえわ。


「この、海風呂って何ですか?」

「ああこれ? あたいら魚人用」


 それはともかく、尋ねてみたら魚のお姉さんはあっさりと教えてくれた。ああ、やっぱり魚人用なのか。海だし。

 にしても、鱗きらきらして綺麗だなあ。大きい目も、つややかで透き通った感じだし。


「魚人さん用なんですか。じゃあ、海の水?」

「そうそう。それに敏感肌だったりするとね、そちらのお湯で軽く茹でられたりするやつもいるからね」

「そうなんですか」


 茹でられたり、というか低温やけどみたいな感じになったりするのかね。そういう魚がいるのかどうかは俺、詳しくないけれど、多分いるんだろう。なるほど。


「山の中から出てきたので、知らなかったんです。ありがとうございます」

「ああ。確かに、淡水魚人なんて、あたしら海水魚人よりずーっと少ないもんね」


 ひらひら、と振ってくれた手はどことなくヒレっぽい。さすがに魚である。……尾びれあるのかな。いや、そこまで気にしても仕方がないけどさ。タコやイカはああだったし。

 と、今度は魚のお姉さんのほうが「ねえ、お嬢ちゃん」と尋ねてきた。


「山の中から出てきた、ってことは、あちらのお姉さんたちと修行旅行中?」

「はい!」

「そりゃあ、大変だあねえ。あちこち、行かなきゃあなんでしょう?」

「そうみたいです」


 ぴしゃん、と音がして、お姉さんの背後に分かりやすく魚の下半身というか尾びれ側が出てきた。お姉さんのもので間違いなさそうだ。……もしかして人魚タイプなのかな。でもそうすると、そもそも浴場に入ってこれないよな。


「本来ならね、あたしらって風呂屋に来る必要なんてないんだよね」

「え」

「目の前に海があるんだもん、どぼーんと入っちゃえばいいんだから」


 不意にお姉さんが言ったことに、気がついた。

 そうだよな、わざわざ風呂屋に来て金払って風呂入る、なんてめんどくさいことしなくても良いはずなんだ、お姉さんたちって。


「でもね、それだとこうやって他の種族とお話できないんだよね。大昔は海の上にだって、出られなかったんだってさ」


 ああ、あるよなあ。

 今目の前にいるお姉さんや、レイダやズノッブは普通に陸上に出て、多分ちゃんと呼吸もできてるようだ。でも昔は、大昔は鰓呼吸かなにかで、だから水の中で生活するしかなかったのか。

 それで、海の上に出られるようになって、ほかの種族と交流するのが楽しいからわざわざ、こうやってお風呂屋さんに来てるんだ。


「……内緒だよ、お嬢ちゃん」


 急に、お姉さんが声を潜めた。なんだろう、と思って近寄ってみると、お姉さんは俺の耳元でそっと囁いた。


「海の上に出て、他の種族とお話できるようにはからってくれたのは、今祈れないどこかの神様なんだよね」


 ありがたいねえ、とそのお姉さんは、名前も出せない『どこかの神様』にお礼を言っていた。

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