006.無事に配下が増えました
「……あれ」
ばさばさ、と何度か大きくなった翼を羽ばたかせてから、シーラは不思議そうな顔をしてきょろきょろとあたりを見回した。なんというか、寝ぼけてる感じ。
「成長しましたね、翼」
「うん」
いやカーライル、指摘するところはそこじゃない気がする。頷いた俺も俺だけど。
あと、うっかりしてこちらの気吹き込むの忘れたな……やべえ。距離取らないと。
「……あ」
と、動いたせいかシーラの視線がこっちに向く。まだ寝ぼけ顔だけど、何か動けない。カーライル、ファルン、何かあったら後は頼んだなんて台詞が頭の中をぐるぐる回ったところで。
「ご主人様あ!」
「おわあっ!?」
ベルトぐるぐる縛り状態で体当たりからの押し倒しを食らった、何でだよ。いや、痛くはなかったんだけど。
あれ? と思ってみたら大きい翼で包まれてた。へえ、飛ぶだけじゃなくてこういう使い方もあるのか、骨格とかどうなってんだろうな。
いやいや違う違う、そこじゃなくて。
「ご主人様? コータ様が?」
「と、言いましたわね。シーラ」
カーライルとファルンが、それぞれ武器を構えつつ恐る恐る近づいてくる。まあ、分からんでもないが。
けど、俺がご主人様ってことはえーと。
「え、いやお前さん、女の子だよね?」
「もちろんです」
思わず口にした俺のたわごとに、真顔で答えるシーラ。ああ残念、鎧着てなかったらその下のおっぱいとか大変柔らかそうな感触してたろうに。
つか、もし昔の俺というかアルニムア・マーダだっけ、その配下だったりするんなら精気吸って吸われて、じゃないのか? 女も吸ってたのか俺?
「ご主人様。もしかして自分のことをお忘れになられたのですか?」
「へっ?」
頭の中がごちゃごちゃしてる横から、シーラが尋ねてきた。あ、何か不安そうな顔してる。ええい、ここは事情説明というか責任転嫁というか、ちゃんと言わないと。
「ああ、ごめん。封じられたときの影響で、ろくに何も覚えてないんだよ」
「まあ! 何とおいたわしや……」
嘘は言ってないよな、と思いつつものすごく大雑把に答えると、シーラは分かりやすくショックー、という表情で自分の頬に手を当てた。って、いつの間にかベルト切れてるよ。あー、床にぺたんと座り込んだ彼女の周囲にちぎれた元ベルトの残骸が落っこちてるわ。
「そ、それより。何故アルニムア・マーダ様をご主人様と呼ぶのですか? もしや、あなたは」
シーラがひとまずおとなしくなったところで、カーライルが尋ねる。まあ、俺のことご主人様なんて呼ぶ以上、昔の俺の配下でしかないんだろうけど。てか、呼び方が『あなた』になってるぞ。
カーライルはともかく、その問いを聞いてシーラは、「は」と姿勢を正した。具体的にいうと、俺の前にひざまずく形になる。
「自分はルシーラット、と申します。かつての戦の前に、自らの意思でご主人様の配下となった者です」
「そう、なんだ」
「え、ルシーラットって、あの!?」
「『剣の翼』ルシーラット様、でございましたか! たたた大変ご無礼を!」
俺の反応は、この世界では鈍いものなんだろうな。ファルンが軽く引いてるし、カーライルなんか慌てて土下座したもん。こっちでも土下座は通じるのかね。
あと、軽く厨二っぽい二つ名持ってるってことはあれか、ゲームで言うところの中ボスクラスとかか。なら知ってそうだな、土下座ってる神官が。
「カーライル、知ってる名前?」
「はい、先祖より伝わる書物にあるお名前でございます。先程おっしゃられたとおり御自らコータ様の配下として馳せ参じ、最後の戦まで剣を振るい戦われたとか」
「へえ」
ああ、やっぱり。記録に残ってるレベルのボスクラスだったんだな、この姉ちゃん。というか、最後までついてきてくれてたんだ。いいやつじゃないか。
てことは、カーライルが言ってたけど配下の生命と引き換えに俺、こういうことになったわけなんだよな。その後どうなったんだろ。それと、寿命とか。魔物でも何でも、寿命ありそうだもんなあ……神様ならともかくとして。
「ご主人様が封じられた後、自分ども配下もサブラナ・マールによって封印を受けました。ご主人様との約定を破るわけにはいかぬ故、殺しはせぬと言われて」
「そっか。それで、今まで生きてきたのか?」
「いえ、人にしろ翼人族にしろ、寿命はそこまで長くございません。数度生まれ変わった結果として、今ここにおります」
そこら辺はルシーラット、長いからシーラでいいか、がざっと説明してくれた。おう、お前さん転生組だったのか。
というか、神様同士の戦争って思い切り前の話なんだってことがよく分かるよなあ。封印された場所伝わってねえし、俺も別の世界で何度も生まれ変わったみたいな感じらしいし。その結果中身が男の社畜になりました、だけど。
それで、何でか分からないけれど封印とやらが解けたので元の、封印される前の姿に戻った、ってことかな。
「そうすると、先程の白いものがサブラナ・マール様の封印ということなのですわね。コータ様」
「あ、そっか」
ファルンに指摘されて気がついた。そうか、俺がアレを吸い出したから、封印が解けたってわけか。
彼女はもともとあっち側の僧侶だから、俺の下僕になってもあっちに様付けなのな。もっとも、いきなり呼び方変化したら怪しまれるだろうし、これでいいことにしよう。
呼び方……ああ、そうだ。シーラにも言っておかないとな。
「ああ、俺は今コータって名乗ってる。今の状況だと元の名前は使わないほうがいいから、こちらの名前で呼んでほしい」
「はい、承知しました。ではコータ様、自分もそのままシーラ、と」
「分かった。それと、ファルンは既に下僕にしてあるし、カーライルは神官だから心配しなくていい」
「は。仰せのままに」
深々と頭を下げられた。あー、何かラスボスやるやつの気持ちが分かった気がする、かもしれない。




