004.ものの試しにいただきます
女の邪神が、男を寝所に引きずり込んで下僕にする。それってつまり、そういうことだよな、うん。
ふつーに邪神だったらしい俺、何をしてたんだ何を……ってまあ理解できない頭ではないけどさ、いやもう覚えてなくてありがたい。今の中身は男なんで、女の身体で男相手にくんずほぐれつえんやこら、なんてちょっと無理っす。
でまあ、あっち側の思惑も何となく分かった。要するに。
「要するに、俺が女で男ばっか下僕にして使ってたから、俺を男にしちまえばもうそれはないだろう、とそういうことか?」
「いかにも、おっしゃるとおりでございます。あくまでも、私の推測ではありますが」
「やっぱり」
ですよねー。
つか、その点に関しては成功してるわ。今の俺、男をベッドに引きずり込んで以下省略、なんてしたくもねえし。
……しかし、だ。
「連中、分かってねえよな」
「何がでございますか」
「連中の思惑通り、俺は男になってるわけだ。中身だけだけど」
「そのようでございますね」
そう。今の俺が、男を狙うことはない。つーか、やれと言われてもやらねえ。
だけど、この世界は見てのとおり、男と女が存在する世界である。その他に関しては見たことないので分からない。ガワが女で中身が男な俺がいるんだから、別にいてもいいんじゃね?
それはともかくとして。
「ガワはご覧の通り、女のままだろ。なら、今度は女を狙って近づけばいいだけの話だよな」
「な、なるほど。たしかに、同性であれば警戒心は薄くなりますか……それにコータ様はその、外見上可愛らしいお嬢様ですし」
「中身おっさんで悪かったな」
「申し訳ございませんっ」
いや、そこで謝られてもな。つーかこうなったのは、サブラナ・マールとか言う神様のせいなんだろうし。
とはいえ、俺は自分で覚えている限りそんなことをやったことはない。寝る前までは社畜だったわけだし、神様やってるときの記憶なんてこれっぽっちもないからな。
カーライルが知ってるんだろうけど、さてどうすればいいのやら、と思ってふと床を見た。
そこに転がっているのは、僧侶姉ちゃんとシーラ。幸い、どっちも女の子だ。まだ寝てるから、おとなしいもんだ。
「ちょうど実験台いるし、試してみっか。やることやらなくてもいいんだろ?」
「基本は口移しでよろしいと思われます。コータ様以外にも精気を吸う魔物はおりますが、大体が口から吸っておりますので」
「そうか」
聞いてみたら、ごく当然のように答えてくれたカーライル。いやほんと、こいつが味方でいてくれて助かった。あと、やっぱ同じような魔物いるのね。吸血鬼みたいに牙突き立てて、とかじゃないだけましかあ。
けどまあ、キスだけでも野郎とは勘弁してくれって感じだよな。女の子の方がいいに決まってるじゃねえか。
「とりあえず、僧侶の方からかな。ところで僧侶って呼び方でいいのか? こいつ」
「はい。サブラナ・マール側では僧侶、大僧侶といった呼び方ですので」
「おー、なるほど」
ふとそんなことを尋ねてみても、こいつはほいっと答えを出してくれたんで助かる。つーことは、俺の方は神官でいいらしいな。
カーライルが神官って呼ばれてたのは、つまりあっち側とこっち側で呼び方が違うからだ。わざわざ悪の神官、とか呼ばなくても分かるから。
そういうことは頭の隅に置いといて。
「……寝てるのもあれだな。おーい起きろー」
初回だしせっかくなので、縛り上げられてるのをいいことに僧侶姉ちゃんの頬を軽く叩く。
ところで髪の毛、長いし量も多くて邪魔だな。あとで結ぶなりなんなりするか。
「……え?」
「起きたかー」
すぐに目を覚ましたところを見ると、打ちどころも悪くなかったらしい。良かったよかった、と思ったんだがすぐに脳裏をよぎったのは腹減った、という一言だった。
「んじゃ、いただきます」
「んふっ」
その一言に惹かれるように俺は、彼女の両肩にしっかり手を置いて、目を閉じて唇を重ねる。
あれ、唇柔らかいとかは感じるんだけど、ドキドキとかしねえな……うわあ、この俺にしてみたら飯みたいなもんだからかよ。
ひとまずへこむのは後にしてえーと、とりあえず吸うんだったな。
「んー」
「ん、んんっ」
おお、口から何かほんのり甘い何かが流れ込んできた。これが精気というやつか、なるほど。
一瞬抵抗してた僧侶姉ちゃんも、俺が吸っていくと共におとなしくなった。あ、マジめっちゃ甘い、もっと吸いてえ。
吸ってしまえ。もっと、もっと。
「コータ様、そのへんで」
「ほへっ」
あ、おいカーライルてめえ、何で邪魔すんだよ。引っ剥がすんじゃねえ、もっと吸わせろよ、俺の飯だろこんちくしょう。
「あまり吸いすぎますと、相手が死にますから!」
「え」
「……」
かなり強く肩を掴まれて、強い言葉で言われて、やっと気がつく。し、しまった。
慌てて僧侶姉ちゃんに目をやると、ぐったりとしてた。目がくぼんで、頬がコケてるってうわああああ。
吸血鬼とかでも吸いすぎて死んじまうってこと、あるもんな。うっかりそれ、やりかけたわけか、俺。
「殺すために吸っておられたのではないでしょう? 加減が分からなかったのだと思いますが、お気をつけくださいませ」
「悪い……ありがとな、止めてくれて」
「は、はいっ」
やべえやべえ。さすがに、いきなり殺してたらまずいよな。……いや、もう少し反応しろよ俺、人殺しかけたんだぞ。
あとカーライル、ろり邪神ただし外見のみからありがとう言われて顔を赤らめるな。ロリコンかお前。
ともかく、精気吸いすぎたんだから戻す、という口実で俺の気を吹き込むか。では再び。
「んふう」
「ん……んくっ」
自分の気と言われても、何をどうやりゃいいか分からないのでとりあえず息を吹き込んでみる。僧侶姉ちゃんはおとなしくなってたので、そのまま受け入れてくれたっぽい。
横でガン見してるカーライルのこともあるし、とっとと終わろう。顔を離して、不意に口から出た言葉が。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでしたあ……」
ちゃんと答えるんかい、というのは置いとく。ま、俺にしたっていただきますも言っちまってるしな。
一応、食事なのは事実らしい。何となく、腹ふくれた気がするし。けどまあ、飯も食いたいよなあ。食わせろっつーたら、カーライルが用意してくれるかもしれないけど。
で、そのカーライルがこちらを覗き込むように尋ねてきた。
「いかがでしたか? コータ様」
「うん、何か甘い感じだった。確かに腹もふくれるし、これが食事ってのは間違いないな……いやほんと、お前さんが止めてくれなきゃやばかった」
「なるほど。今後はお気をつけくださいませ」
いや、そこで納得するのかお前。もっとも、横から見てたらほんとにキスしてるだけだろうしな。
さて、この僧侶姉ちゃんがうまく下僕になってるか、どうか。幸い吹き込んだおかげか、目のくぼみとかも戻ってるし。
「姉ちゃん。名前、何ていうんだ?」
「……はい、わたくしはファルンと申します」
「うまく行ったようですよ」
俺の前にひざまずいて名乗った姉ちゃん、ファルンの様子にカーライルが満足そうに頷いた。いや、お前がやったんじゃねえけどさ。
「俺の名前はコータ。これからはそう呼んでくれ」
「分かりました。コータ様」
カーライルと一緒で様付けかあ。ほんとにうまく行ったようだな、いや良かった。
……よかった、のか?




