388.神の都の紋章は
ふと、前方を見上げる。入ってきた方向からすると円の中心部分か、そこにそそり立つ巨大なトンガリ屋根の教会。屋根の上には、ひどくごてごてしたマール教の紋章がまるで剣をぶっ刺したように突き立っている。
「あれが聖教会、ですわ」
俺の視線を察してか、ファルンが説明してくれる。ま、僧侶様が自分の宗派の都について一番詳しいってのは分かるしな。ガイドしてもらうことについては、先に全員一致で決まってる。
「全てのマール教教会の頂点に立つ教主様、その御方がおわす所です」
「へー」
一応敵の懐なんで口にはしないけど、要は俺の最大の敵がいると言ってもいい場所なわけだ。つまり、今回の殴り込み先。……円の中心にあるんなら、脱出大変だなあと思う。水路や堀で逃げられるなら、楽なんだけれど。
それはともかくとして、ほんとにあの紋章、目立つなあ。
「でかい紋章だな。というか、剣に見える」
「ええ、あれは剣をモチーフにした紋章ですわ。一般的に用いられているマール教の紋章は、あれを簡略化したものなんですよ」
「なるほどね。確かに剣に見えるっちゃ見える」
あ、マジ剣なのか、あれ。よく見てるマール教の紋章は十字架みたいな形なんだけど、レイダの言う通り確かに剣にも見えるな。
「アルニムア・マーダを倒したときに、その身を刺し貫いた聖剣がモチーフだとも言われております。故に、その聖剣が安置されている聖教会にのみあの紋章の使用が許されるのだとか」
「わあ」
その後に出てきた紋章の説明に、カーライルが顔をひきつらせた。いや、シーラもアムレクもミンミカも、だけど。
ていうか、え、俺あんな剣にぶち抜かれたわけ? いや、よく助かったな、俺。魂の欠片とロリっ子ボディだけだけど。
「それで、ほかのきょうかいではふつーのもんしょうなんですか」
「そうですわね。形だけは同じですが、あのようにきらびやかなものは許されませんわ」
「きらきらまぶしー、です」
アムレクの疑問にさらっとファルンが答え、ミンミカが顔をしかめる。うん、あんだけゴテゴテ飾ってたら日光が反射したりして眩しいよな。
「聖剣とは光り輝く剣だったそうですから、それもあるのではないでしょうか」
「……」
悪趣味、と言いかけただろ、シーラ。俺も言いかけたから気にするな、というか敬虔な信者でもそう思ってる人多いと思うぞ、多分。
しかしあの高さだと、都のどこからでもあれは見えるのかー。うわあ、視覚の暴力ってやつ?
「信者の方々に聖剣の御威光を理解いただくために、あのような大きさなのだそうです。少々威圧的ではありますが、降ってくるわけではありませんからお気になさらず」
うん、ありがとうファルン。あんな剣が降ってきたら洒落になんねえわ。気にしないことにしよう、頑張って。
だいたい、都の中に入ってしまったのだからあんなもん、気にしてたら移動できなくなるしな。というわけで。
「気にしないことにして、ひとまずは観光しましょうか。初めて来たのですから、どこに何があるか分かりませんからね」
「そうですわね。わたくしのような僧侶でも、こちらを訪れる機会などさほどありませんもの」
カーライルの意見に、ファルンものっかる。これは他の皆も、異議なしのようだ。
要は、都の偵察ってことだ。ま、観光客として入ったんだし、そこらへんが無難な行動だよな。
「ああ、そうそう。食事も宿泊も、全て外部からの寄付で賄われておりますからご心配なさらないでくださいね」
「……つまり無料?」
「そうなります。外部から来た者への奉仕が、神への奉仕となる……そういうふうに、都では定められておりますもの」
うわまじか、ラッキー。……お土産店くらいはあるんだろうけれど、食と住が無料なら長居もできるか。……つか、ここに住んでる人、ほぼボランティア? まあ、客人と同じく衣食住とか担保されてるんだろうけど。
はあ。ボランティアのおかげで観光客はただで観光ができる、代わりにその客の人数は制限されてるわけか。
まあ、うちの宗派じゃないし。好きにすればいいさ。




