312.頼む相手は分かってた
俺たちが行ったことで、『ガイザス工房』はちょっとした騒ぎになった。主のガイザスさんがマーダ教びいきなせいか、職人さんたちもそっち寄り……というか俺寄りか、そういう人たちばかりのようだ。
「マール教が武装準備の命令?」
「教会にそういった趣旨の手紙が届いたそうです。神都サブラナから」
用事がある、ということで奥に入れてもらった俺がそう伝えたときの答えが、「おお、諸悪の根源からじゃな」なんだよね。ガイザスさん、それはまずい発言じゃないのかな。
「親方!」
「お前が黙っちょればすむことじゃ、ドートン」
人差し指を口の前に立ててしー、とやってる辺り、ドートンさんもマーダ教寄りっぽい。あ、そういえばマール教の中でもめんどくさい連中は獣人や鳥人を差別してたっけか。それもあるのかもしれないな、ドートンさん猫だし。
で、ガイザスさんは俺に向き直った。仕事に向かうときと同じ真剣な目が、俺を真っ直ぐに射抜く。
「んで、お嬢ちゃんはわしに何をしてほしいんじゃな」
「マール教と戦争になったときのために、マーダ教に力を貸して欲しい。具体的に言えば、武装を作って欲しいんだが」
「はあ?」
「ドートン」
真正面から全力でぶっちゃけると、さすがにドートンさんもだけどガイザスさんも目を丸くした。それでもすぐにドートンさんを黙らせた辺り、修羅場くぐってメンタル強くなってるんだろうなあ。
そもそもマーダ教寄りなら、これまでにもいろいろあったんだろうし。
「なるほど。やはり、皆の衆はマーダ教側であったか」
で、俺たちの言動からうすうす感づいていたらしいガイザスさんは腕を組んで、深く頷いた。
こちらを見る目は変わっていないけれど、答えにも近い言葉をくれる。
「わしとしては、武器をより良く使ってくれる方に仕えたいがまあ、それがマール教とマーダ教なのであれば断然マーダ教じゃな」
「済まない。恩に着る」
「前にも言ったが、マール教は無茶な注文を押し通してきたからな。あんなことを言わないのであれば」
「うぐっ」
「それはもちろんだ」
スティが礼を言った横でルッタが思わずヘコみかけたのは、聞かなかったことにしておこう。こう何度も言われても、さすがにちゃんと謝って終わったことだしな。
ガイザスさんの注文に俺が頷いたことで、彼はこちらの一番の偉いさんが誰かというのを見抜いたらしい。姿勢を正して、再び俺を真正面に見る。
「しかし、まさかとは思ったが嬢ちゃんが長か。……何者か、問うて良いか」
「先に俺たちからだ。俺は、アルニムア・マーダ様にお仕えする四天王の一、獣王バングデスタ」
「同じく、翼王アルタイラだ」
「自分はアルタイラ様にお仕えする『剣の翼』、ルシーラットという」
名前を、というか素性を聞かれた俺の前に、三人が割り込む形でそれぞれ本来の名を名乗った。いやまあ、いきなり俺が名乗っても信じてもらえないだろうから、これでいいのか。
「私はアルニムア・マーダ様の神官、カーライル・ドー。我ら全員が、現在はコータ様にお仕えしている。この意味が、分かるな」
そうして一人だけ人間なカーライルが自分の素性を明かし、そして言葉を続けた。
ドートンさんとかはぽかんとしてるけど、ガイザスさんは目を鋭く細めたから、多分理解してくれたんだろう。
「承知した。なるほどな」
そんなふうに、答えてくれたから。




