302.難しいのは周囲の目
すすす、とカウンターに寄っていったドートンさんが、たぶん自分ではひそひそ声なんだろうと思われる小声で奥さんに話しかけた。
「それよりおかみさん、聞いてくださいよ。親方、逆鱗見つけたっす」
「あら、本当かい?」
ドートンさんのぶっちゃけに、奥さんは目を丸くした。ま、さすがにドンガタの親方の奥さんなんだからそのレア度はよくご存知であろう。
「……まずいねえ」
「え、何かまずいことでもあるんですか? 珍しいものですけど」
「違う違う。そんなもん手に入ったなんて知れ渡れば、ドンガタの職人たちはみんな見に行っちまうよ。しばらく、連中使いものにならないだろうねえ」
まずいっていう言葉に思わず俺が尋ねてみると、そんな答えが帰ってきた。
あ、禁忌とかそういう意味でのまずい、じゃないのな。よかったよかった……いや、仕事の手が止まったらよくねえだろ。
というか職人ども、仕事放ったらかしにして見に行くなよ。納期迫ってるやつとかあるはずだろうが、おい。
「そういうもんなんですか」
「当然だろ? 一生に一度拝めるか拝めないか、の超レア素材だからね。拝むだけでも拝んどきたい者は後を絶たないさ」
「一応、外では話してねっすけど」
うん、ドートンさんは逆鱗のことは店に入ってからしか口にしてないな。ま、村の外まで迎えに来てくれたときにガイザスさんが話してたから、それを誰かに聞かれてる可能性はあるけれど。
「いくら内緒にしててもね、漏れるのは漏れるんだよ。今ドートンちゃんが話ししてたの、外で誰かが聞いてるかもしれないしね」
そして奥さんは、別ルートでの情報漏洩の可能性を出してきた。そうだよな、お客さん出入りしてるし。
「ま、どこで見つけたかは言ってないみたいだからいいとするかね」
「発見した場所、明かさないのですね」
「出処を内緒にしとくのは、幸運を当て込んで探しに行くやつが出るからだよ」
「ああ、人の幸運に便乗して儲けたいやつがいるんだな」
ルッタが尋ね、得られた答えにスティが肩をすくめる。少なくとも、逆鱗以外の牙や鱗が手に入る可能性がある場所だからなあ。
ヴィオンみたいに全身が風化してしまったならともかく、な。
「龍人族が人前に姿を表さない理由っていくつもあるけどね、これもその一つだよねえ」
「はあ……」
「それもそっすね。うっかり出てきて、鱗や牙のために殺されたりしたら洒落にならねっす」
うわあ、ドートンさんズバリ言っちゃったよ。
だけど、本当にいくつもある龍人が出てこない理由、の一つなんだろうな。多分昔はそうやって殺された龍人もいて、だから他の種族を警戒するようになった、とかかな。
あ。
「そういえば、龍人族のひとって他の種族に化けられるって聞いたことがあるんですけど」
「そりゃ、普通に龍の姿してたら逆鱗とか狙われるからねえ。強いから、そういう連中返り討ちにすることもしょっちゅうだったって話だよ。大昔の言い伝えだけど」
……奥さん、ありがとう。龍人族が引きこもる意味、他の種族に化けられる意味、よっくわかった。
こりゃ、クァルードが復活しても表向きにはあんまり言わないほうがいいよな、うん。




