029.いただきますのその前に
ミンミカを宿に連れ込むことにはあっさり成功した。いや、連れ込むというと何かあれだけど、間違っちゃいないからな。
なお宿の主にはきっちり話はつけておいてくれたらしい。ファルンが。マール教無双。
「あのあの、ほんと、ありがとです」
「いいんですよ、ミンミカさん」
途中、服屋に寄ってシンプルなカーキのワンピースと靴を購入した。ナーリアで用立ててもらった資金は結構潤沢らしいけれど、俺はこっちの物価とかは分からないからあんまり無駄遣いはしたくないな。
「服まで買っていただいて、その」
「さすがに、男のジャケットだけで連れ回すわけにはいかないからな」
「は、はい」
自分のジャケットがしょっちゅう誰かに着られている……と言っても俺とミンミカだけだけど、ともかくカーライルはちゃんとした服を女の子に着せられたことで、ジャケット取り返してホッとしているようだ。
もちろん、ただでやるわけではないんだが。
「まあもちろん、代わりにしてもらいたいことはあるのですが」
「ほえ?」
シーラの言葉に、ミンミカは不思議そうに首を傾げた。
「実はコータちゃん、人の精気をいただくタイプでして」
「ほええ?」
ファルンの説明に、ミンミカはびっくりして目を見開いた。
「それも、故あって女性のものでないと嫌なのだそうだ」
「ほえええ?」
カーライルの台詞に、ミンミカは見開いた目を激しくしばたたかせた。
「ミンミカさん、おいしそうだなーって思ってたんです」
「ほげええええ?」
で、俺のトドメの言葉にわたわたと腰を抜かして壁際まで後ずさった。せめて扉の方に逃げろよ、そっちは窓もないぞ。
「ほげえ、じゃないです」
「あの、えと」
とはいえ、せっかくのごちそうを逃す気はないのでいそいそと歩み寄る。身体は小さいけれど、相手は腰抜けてるし逃げ場所ないし。
「つまり、ミンミカのせいきを、すいたいと」
「まあ、そういうことなんですけど」
涙目でおのれを指差しながら確認の意味でか、尋ねてきた彼女の言葉に大きく頷く。その途端。
「だだだ、だめですうっ」
慌てて彼女の口に手を当てて塞いだんだけど、そんなに大きな声は出なかった。本人としては大声張り上げてるつもりなんだろうが、かすれた声になってしまってて悲鳴ですらないんだよなあ。
そうして、手の向こうから漏れてきたのは、何というかおかしな台詞だった。
「み、ミンミカのせいきはっ、……だいじなおかたにしかあげられないですう!」
「大事なお方?」
カーライルが眉をひそめる。「大声出すなよ」とミンミカに囁いて、彼女が頷いたのを確認して俺は手を離した。そこをファルンが覗き込んできて、おかしな台詞の意味を問う。
「どなたですの?」
「……そ、そんなこといったら、みんみかころされるです……」
何でだよ。
いや、誰かにしか精気を吸われたくないってのもアレなんだけど、その相手の名前を口にしたら殺される……んー?
と、ファルンがなにかに気づいて、ミンミカの首筋に手を伸ばした。
「あ」
「だ、だめですう」
慌ててミンミカが隠そうとするより前に、彼女の長い垂れ耳、その内側にこっそりと隠れていたピアスがむき出しになる。
マール教の紋章とは違う。小文字のオメガが縦に二つ重なったような、地味な色のピアス。
そいつを見てシーラとファルン、特にカーライルの顔色が変わった。
えーと、ということはつまり。
「……あなた、マーダ教の信者だったの?」
ファルン、今の状況だとそれ、死刑宣告だよ。




