209.庵が先か宿が先か
教会を出て、集落の中を歩く。掘っ立て小屋は六割くらい利用者がいるようで、ジランドみたいな牛車の仕事してるっぽい人とか旅行者とかがウロウロしてる。
きょろきょろしてたら、先頭を歩いてる庵主様が軽く口を開いた。しかし、年寄りなのに足腰丈夫だな。いい姿勢でスタスタ歩いてるよ。
「ランブロードのことは知らなんだが、ここは別方向からやってくる旅人の休憩所にもなっとるえ」
「ああ。俺はこっちの方はほとんど来ねえんですが、仕事仲間から話は聞いたことがあります」
「ほっほっほ、どんな噂になっとるんだかねえ」
ジランドやコングラがここを知ってるのは、仲間から聞いたことがあるからか。そりゃまあ、牛車預けて泊まれるところなら楽だもんな。
どんな噂に、とか言いながら庵主様は笑ってるのが分かる。だから、悪い噂じゃないってのは理解できてるんだろう。
いくつかある掘っ立て小屋の中に一つ、レンガづくりのしっかりした建物があった。高床式になっててねずみ返しがあるから……倉庫か、これ。
「食事は大したもんもできんでな。狩人が獲ってきた肉や、教会の裏で育てとる野菜ならあっこの食料倉庫にしもうてあるわ。使うんなら、教会の方に声かけてくりゃれ。調理は仮宿に台所があるで、そこ使うたらええ」
やっぱり倉庫、しかも食料。そりゃ管理もしっかりしなくちゃいけないよな。こういう場所だと商人さんって来るんだろうか、と思うんだけど、周囲に住んでる狩人さんたちが何とかしてるのかな。
「ありがとうございます。お代はきちんとお支払いしますわ」
「当然じゃ。こっちも慈善事業……じゃない、とも言い切れぬが、金がある者からはいただくぞえ」
「はい。失礼いたしました」
ファルンの申し出を、庵主様は当たり前に受け取った。
あ、金払うの当然とか言われてなんかホッとしたよ。いや、今までだとマール教から補助金出るとかいろいろあったからさ。
もちろん庵主様もマール教なんだけど、ここらへんしっかりしてるのはいいよな。
「そういえば、庵主様、と呼ばれておられるのですね」
「もともとここは、わしが修行するために建てたちっぽけな庵じゃったからねえ」
カーライルの問いに、ああそういえばと思う。年取った僧侶さんだけど、何で庵主なのかね。
で、まあ、当の庵主様はサラッと答えてくれたけれど。もともと作った庵の主だったから庵主様。そりゃそうだ。
「そのうち、ココらへんで獣狩ってる連中が泊まっていくようになってな。建物を大きゅうしてくれたんも、僧侶一人じゃ物騒じゃと周りに小屋作ったんもそいつらじゃよ」
掘っ立て小屋や倉庫に目をやりながら、庵主様は目を細める。昔のこと、思い出してるのかね。
ま、昔とは言ってもせいぜい数十年単位だよな。シーラみたいにとんでもなく昔のこと、じゃなくて。
……俺、どのくらい生きるんだろうね。神様なんだから死なない、とかかな。
殺されたら最盛期仕様で復活、なんて言われてた気がするけど、だからっていっぺん死んで試してみる気にはならないし。
「で、場所が場所なんで、皆の衆と同じように回り道する連中も泊まるようになって。気がついたら集落みたいになっとった」
「なるほど。それで、狩人の仮宿も使えるということですか」
おっと、庵主様の話が続いてた。って、あれま。
『狩猟民の集落にある教会』じゃなくて、『教会の周りに集落ができた』ってのが正解なわけか。面白いな、これ。
そこはシーラも気がついたみたいで、ぐるりと周囲を見渡している。今目の前で黙礼したのは、多分旅の途中の人たちだな。ちっこい子もいるし、家族かな。
「今現役でやっとるのは、わしが産湯授けた連中じゃしね」
「あんじゅさま、ながいきですう」
「ほっほっほ。ウサギの嬢ちゃんも坊っちゃんも、自分の寿命をせいいっぱい生きればそれでいいんじゃよ?」
「はい、ぼく、がんばっていきます!」
アムレクとミンミカはウサギ獣人で、どうやら寿命は人間よりは短め、らしい。つーても数十年は生きるようだから、あまり気にしなくていいのかな。
ともかく、その二人が元気にそう答えていたから、いいか。




