208.集落が先か教会が先か
中継地点、というか狩猟民の集落の中にある、マール教の教会。
膝くらいまでの申し訳程度の柵に取り囲まれて、たくさんの掘っ立て小屋が建っている。その中に、結構古いけど頑丈に作られた大きめの小屋があって、紋章を掲げている。つまり、ここが教会なわけだ。
「ごめんくださいよー」
「はあい」
ジランドが中に声をかけると、俺よりちょっと大きいくらいの少女が顔を出した。エプロンつけてるからここの使用人さん、という感じかな。
その彼女は俺たちの顔を見て、「ちょっとまっててください」と奥に引っ込んだ。すぐに、大声が奥に向かって飛ぶ。
「庵主さまあ、お客人ですよう」
「あいよー」
返ってきた声はえらく張りがあるけど、お年寄りの声なのは間違いない。
で、すぐに女の子が引っ込んだ同じ奥の扉から顔を出したのは、俺の認識だと七十代くらい……こういう世界だともうちょっと若いかもしれないけど、ともかく白髪でシワが多めのほっそりしたお婆ちゃん僧侶、だった。女の子が庵主様、って呼んでたからそれでいいか。
「おんや、いらっしゃいまし。いかがなされたえ?」
「急ですいません。ランブロードで騒ぎが起きてて、氷の川の橋越えたところで検問にあいましてな」
「そんで、ランブロードはやめとけって言われたもんでこっちルート来たっす」
「なるほど」
その庵主様は、ジランドとコングラの説明にゆったりと頷いた。で、後ろに並んでる俺たちをぐるっと見渡してから言葉を続ける。
「少々混み合っておるが、お前さんたちくらいなら行けそうじゃな」
「大丈夫っすか?」
「狩人どもの仮宿もあるでな、そっちも使ってええと持ち主から許しは出ておるえ。ただし」
そこで言葉を止めて、庵主様はニヤリと笑った。あ、何というか実力隠したお年寄りって感じ。具体的にはテレビの再放送でよく見た、水戸のご老公風。
「出るときにきちんと片付けねば、出て行かれんえ。そこだけは守っておくれよ?」
「それはもちろんですわ。我らが神にかけて」
そりゃ、使った部屋を片付けるのは常識だろう……と俺は思うんだけど、俺の育った世界とここは違うからなあ。
ともかく、ファルンが出てきてそう答えてくれたので、多分大丈夫だろう。あとは外見ロリっ子かつ神様権限で、俺がちゃんとすれば周りのみんなもやってくれるはずだ。そう思う。
「ご同業がおらっしゃるなら、大丈夫じゃろ。案内するえ」
ファルンのマール教僧侶の身分ってのは、同業である庵主様にも効果がある。そのおかげで元々、俺たちは平気で旅をできているわけだしな。
「おうい、誰ぞおらんかえ」
「あいよ。庵主様、呼んだかい?」
ふと、庵主様が奥に声を掛ける。さっきの女の子を呼んだんだと思いきや、出てきたのは細マッチョ髭親父だった。何となくだけど、狩猟民の人かなと思う。
「お客人じゃ。牛と車、一晩面倒みちゃり」
「分かりやしたー」
その髭親父さんは庵主様の指示をあっさり受け入れて、俺たちの背後にある牛車へと歩み寄ってきた。で、ジランドたちに「倉庫案内しますんで、御者さんついてきてくださいや」と頼んでいる
牛たちも、今夜はちゃんと休めよー。




