30》加速する剣
獅子の《バク》の肉体の細胞が崩れ落ちていき、光の粒子が傷口から零れる。『メモリーダスト現象』にも似た現象が起きていて、まるで星のように煌きの欠片が散っていく。今できる最高の攻撃でなんとか撃破することに成功した。そして、倒れ伏している獅子の《バク》が――
ドゴォオオン!! と、再生した爪で襲い掛かってきた。
「ぐあああああっ!!」
躰を切り裂かれながら転がる。衝撃を殺すためと、それから距離を取るためにわざと能力を使ってカナルは回転した。が、それでも傷口は深い。これで勝負が終わったと安堵した不意を突かれた。
エニスを媒体にして生まれた《バク》だからこそ、すぐに考え付かなければならなかった能力があった。他ならぬ彼女自身の再生能力。それを持つ獅子の《バク》は、何度でも自分を再生できる。他の《デバイサー》の能力と同じように、エニスの能力をさらに強化したかのように、再生速度が何倍にも速い。
しかし、僥倖としてエニスと同じ弱点を抱えている。それは、頭に手を当てながらじゃないと能力を発動できないということ。それは視認できた。だが、それはつまり、あれほど速い再生速度よりも速く相手の肉体に攻撃を与えるということ。
周りを見渡すと、誰もが絶望的な顔をしている。獅子の《バク》によってもたらされた損害は計り知れない。その場にいるほとんどの《デバイサー》は満身創痍で、もう動けないものもいる。手を抜いた者などいない。最高の攻撃を最速で叩き込んだのだ。もうこれ以上の攻撃などできるわけないし、仮にできたとしてももうそんな体力などない。
「……私がやるしか――」
シルキーが言い終わる前に、獅子の《バク》が全力で彼女を潰しにかかる。回復役である彼女さえいなくなれば、獅子の《バク》の勝利が決まってしまう。以前戦闘で他の《デバイサー》から強奪し、ストックしておいた能力を込めた弾丸で、獅子の《バク》の全身を止めたヴァルヴォルテは、
「回復はやらなくていい! このまま全員で攻めるしかない!!」
エニスの能力はシルキーのように大勢の人間を一斉に回復させられるわけではない。だからこうやって獅子の《バク》が死にもの狂いでシルキーを狙っている時に、無理に回復させようとしても傷を深めてしまうだろう。それならば守りに入らずに、果敢に攻めた方がいいとヴァルヴォルテは判断したようだ。
シルキーはそれに応えるように、ネジを獅子の《バク》へと撃ちこむ。具現化されたネジを反時計回りにさせれば、任意のものを修復することができる。だが、どちら側にも回さずに静止させれば、ネジを突き刺したものの時間を停止させることができる。それこそが、シルキーの二つ目の能力。それでも、グルマタの《デバイサー》の能力を全部持っているであろう獅子の《バク》は、ギギギとぎこちないながらも微かに動いている。単純に獅子の《バク》の方が能力的に上なのか。それとも、グルマタの《デバイサー》の中に能力無効化能力を持つものがいるかだ。
しかし、それはきっとヴァルヴォルテの能力を強奪する能力ではないだろう。さきほどから獅子の《バク》を観察していると、一向に武器を使っていないことがわかる。獅子の《バク》の身体では拳銃を握ることができないからか。どうやら獅子の《バク》はほんの一部の能力は使えないらしい。
「……あなたに手を貸すなんて死ぬほど嫌だけど、借りっぱなしにさせるわけにはいかない」
エニスは苦々しい表情をしながら、炎の鎌を獅子の《バク》の両足に突き刺す。
「私の記憶から作られた《バク》なら、他の《デバイサー》の能力に比べて私の能力の影響を大きく受けるはず。だからここは私たちに任せて、カナル!!」
「……なるほど」
ヴァルヴォルテがへぇ、と感心するように、横目でエニスを見やる。エニスの存在を抹消することによって、獅子の《バク》に影響を与えることしか考え付かなかったヴァルヴォルテの思考を応用したエニスの咄嗟の発想に驚いたようだ。
二人が獅子の《バク》の腕の動きをとめているうちに、一気に終わらせるしかない。《灰かぶりの銃弾》の隊員もそれは理解できているようで、鬨の声を上げる。獅子の《バク》を全方位で囲みながら、能力を放っていく。
前衛が重い一撃を放てば、それだけ次の攻撃にかかるのに時間を要する。なので後衛の者と場所を立ち代り、攻撃の準備をしていた後衛が前に出て能力を発動させている。利にかなった攻撃が、まるで災害のように連続して獅子の《バク》に撃ちこまれる。カナルもそれに倣って、徐々に獅子の《バク》を消耗させて――
獅子の《バク》の枷が外された。
シルキーとエニスはより能力を強く影響させるために獅子の《バク》の近距離にいたのだが、そのせいで吹き飛ばされる。獅子の《バク》は幾多の爆弾をその身に受けたかのように、轟音を立てながら肉体がはじけ飛ぶ。
時間が停止していた獅子の《バク》は《デバイサー》から受けたダメージを受けていなかった。しかし、時間が流れ始めて、今まで受けた衝撃が時間差で襲い掛かってきている。
「アクス! お前の斧を俺にくれ!」
アクスに目くばせする。詳しい戦略を今ここで長々と口で説明するのには時間が足りな過ぎる。この一言だけで、きっと《デバイサー》として優秀なアクスは全てを把握してくれるはずだ。
「初めての共同作業ってこと!? 分かった!!」
……全然わかってくれていなかったが、ぶん、と力任せに自分の武器を投げてくれた。きっと、カナルの能力だけでは、獅子の《バク》に勝てることなどできない。敵も味方も関係なく力を合わせて戦うことで、どうにか対抗できるはずなのに――
「ど、どこ投げてんだ――――!!」
力を入れ過ぎたのかアクスの投げた斧は、随分上空へと狙いが外れてしまった。カナルは、悪態をつきながら跳躍する。そんな隙だらけのカナルを、獅子の《バク》が爪で追いつめる。
「ぐっ!!」
空中ではうまく身動きができない。そこに――
アローンの作り出した木の根が獅子の《バク》の攻撃を阻む。
ドゴォ!! と地面から生えた木の根だけでは、《バク》の爪を防ぐことはできない。だが、斜めに木の根を生やして攻撃を正面から受けるのではなく、受け流すように。そして、木の根にツキミのオイルを表面にコーティングすることによって、摩擦度を引き上げた。それによって爪が木の根を滑り、そして木の根を一気に燃焼させるエニスの炎の刃が追加される。
一気にゴォオッ!! と炎に包まれた獅子の《バク》は身体の一部を黒い炭のように変えながらも、腕を上げようとする。また自己再生能力を使うつもりだ。そんなことをさせるわけにはいかない。と、カナルは空中にあった斧を掴みとる。
アクスの能力は自分の血を使って、武器を生成する能力。血で作られた武器はいかようにもその形状を変化させることができる。だから、今度は掴んだカナルの血を吸い上げて、剣をつくり、それを巨大化させる。
普通の剣では獅子の《バク》を一撃で倒すことはできない。それに、アクスがただ振るうだけでもだめだ。だからこそ、カナルの物体操作能力によって剣を振る速度を極限にまで上げる。だが、まるで間に合わない。ヴァルヴォルテや他の《デバイサー》たちが集中砲火させて獅子の《バク》を止めている。だが、カナルの剣が届くまでに、獅子の《バク》の腕が頭に到達してしまう。だから――
ドスッ、とネジがカナルの背中に突き刺さる。
「これは――」
「……ゴホッ。カナル、さっさと決めてくれ」
ネジが時計回りに回ると、カナルの時間が変化する。絶対に間に合わなかった剣もシルキーの三つ目の能力によって、一気に他のもの全ての時間を置いてけぼりにして加速する。
「うおおおおおおおお!!」
カナルは建物よりも大きな剣を振るって、庇うように上げた腕ごと、獅子の《バク》を縦に真っ二つにした。




