46「君はただ見ていたまえ」
自宅まで送ると言って青木ヶ原さんが連れてきたのは、見慣れない工場だった。
都心部から少し外れたところにある大きな製造業の工場には「青木ヶ原建設」と書かれていた。そのことから、彼の所有している物件だということが分かった。
しかしなぜ、僕とアリサさんを連れてきたのだろうか。運転中、青木ヶ原さんは一言も口を開かなかった。僕やアリサさんも何となく、口を利いていない。
青木ヶ原さんの運転する車は、敷地内に入ると駐車場に停まった。大きな建物だとは思ったが、中にはグラウンドや体育館などの運動施設があったからだ。
僕とアリサさんが車から出ると、青木ヶ原さんは素っ気なく、
「ここは青木ヶ原グループが所有する工場だ。すまんね。君とどうしても話をしたかったから」
とだけ言った。それだけの理由でこんな所まで連れてきたのだろうか。そう問いただそうとしたが、僕より先にアリサさんが口を開き、
「……あの、神奈月さんに何のご用ですか……」
と尋ねると、青木ヶ原さんが、
「君には関係のないことだ」
彼はアリサさんを一瞥するとそう言った。
「今から僕と神奈月君は男同士の話をする。君はただ見ていたまえ」
「……で、でも……」
「黙ってそこにいなさい。いいね?」
威圧するようなその言い方に、
「……は、はい……」
アリサさんは縮こまりながら返事をした。そのやり取りは、まるで主人と従者を思わせた。
僕がそんな風に思ったのは、先ほどまでの青木ヶ原さんの洗練された振る舞いと比べ、今の態度が無愛想に感じられたからだ。
「君をわざわざこんな場所まで連れてきたのは、他でもない」
青木ヶ原さんは、工場をピッと指差しながら言った。
「ここならば、邪魔が入らずに話ができるからだ。今日は、誰もここに来ないように言ってあるからね」
「それで? ご用件は?」
僕は苛々しながら聞き返した。自分の用事で連れ回しているわりには、態度が不遜すぎている。
「先ほどの会話のことだ。クリスティーナさんとの。君はなぜ、あのようなことを言った?」
「は?」
「君は、アリサさんのことをどう思っているかと聞いているんだ」
「どうって……」
僕は答えられなった。なぜもなにもない。自分でも、どうしてクリスティーナさんにあそこまで食ってかかったのか。分からなかったからだ。
たしかにアリサさんとはクラスメートの中でも特別親しくしている。お昼も一緒に食べる仲だ。遊園地にデートもいった。アリサさんに、少なからず好意を抱いているのは間違いないだろう。しかしだからといって、アリサさんと付き合おうとか、そんな風に考えたことはなかった。アリサさんが僕に好意を寄せていることは、能力により分かっている。でもアリサさんのほうから、そんな話を一度もされたことはなかった。
だから、分からないのだろうか。いや、意識して考えないようにしてきたのだ。
自分がアリサさんのことをどう思っているのかを。
「わかった。答えなくていい」
青木ヶ原さんの言葉に思考を打ち破られ、僕はハッとなった。
そして彼はそんな僕に、無慈悲な宣告をした。
「しかし、これだけはよく覚えておくんだ。クリスティーナさんも言っていたが、君と僕らとでは、住む世界が違うんだ。そのことを忠告した上で言うが、いや、忠告というより警告だな。もうアリサさんとは関わるな」




