43「いいのよ。義理とはいえ、これでも母親なんだからね」
「あら、透。お帰りなさい。遅かったのね」
ことりの凶行から逃げて、転がるように我が家に帰ってきた頃には、もうすっかり夜も更けていた。
リビングでくつろぐ母さんはテレビを見ながら僕の帰りを出迎えた。
僕は返事もせずに、母さんと向かい側のソファに腰を下ろした。
「ねえ、母さん。大事な話があるんだ」
「え?」
僕は、雪ノ宮のことを話した。
まずは生き別れの妹であるあすかのこと。そのあすかは、僕の実母による娘であることを。
つばめさんのことは母さんも知っていたようで、特に驚く様子も見せなかった。明らかに表情が変わったのは、つばめさんが雪ノ宮の家に嫁いだことを話した時だ。
まあ、それはそうだろう。僕自身、実の母が名家の人間になっていたことを聞いた時は、口から心臓が飛び出そうなくらい驚いた。しかし、DNA鑑定書まで突きつけられては、もう疑いの余地すらない。僕は雪ノ宮の人間として、母から家に来ないかと今日伝えられた――。
大体そんなようなことを、拙い説明ではあるが母に伝えた。もちろん、ことりのことは伏せて。彼女のことは、いくらなんでも荒唐無稽すぎる。
長らく僕の話を黙って聞いていた母さんが、開口一言。
「それで? 透はどうしたいの?」
目を細めて。僕を射抜くようにしっかりと見つめながら。
母さんは僕に、そう尋ねた。
……まあそうだろうな。そう聞くよな。
要するに、雪ノ宮家に行くか? この家に残るか? と聞いてるわけだ。
「どうしたいって……そりゃあ……」
僕は母さんの真剣な眼差しに対して、目を白黒させることしか出来なかった。
というか、これでファイナルアンサーなのか? ここの答えで、全てが決まってしまうのか? だとしたら、軽々に決断することなんて無理だ。
だから、僕は一応こう答えた。
「あー……。えっと、正直に言っていい? 自分でも、よく分からないんだよね。とにかく、色んなことが次から次へと起こってさ。いや、まあ、いつかは答えを出さなきゃいけないことは分かってるよ? 分かってたさ。でもね、いざってなると中々結論を出せないもんだね」
「そう……分かったわ」
僕の不明瞭な言葉を聞いて、母さんは頷いた。
「あなたが今、とても悩んでいることはね。そう簡単に答えが出せる問題じゃないことも。だから、よく考えて決めなさいな」
そう言って、母さんは表情を和らげると、
「一つ言っておくけど、別に無理してこの家に残らなくてもいいのよ? 我慢することはないわ。あなたの本当のお母さんのところに。行きたければ行きなさい。私としては寂しくなるけど、別に一生会えなくなるわけでもないんだから」
「そんな……! 僕は、別に……」
「いいのよ。分かってるから。ほみかちゃんのことでしょ? あんた、あの子のことが昔から好きだったもんね。一人の女の子として。その辺、私が気づいてないとでも思ってた? ん?」
「……うるさいな。母さんは……」
「おほほ。うるさい母さんでごめんなさいね」
母さんは高笑いしながら立ち上がって、
「でも、これだけは覚えておきなさい。例えあなたが雪ノ宮の人間になろうと。どこの家に行こうとも、私たちは『家族』だってことにね。少なくとも、そうだった事実だけは変わらないわ」
「母さん……ありがとう」
「いいのよ。義理とはいえ、これでも母親なんだからね」
そう言うと母さんはテレビを消し、リビングの電気も落とした。
「それじゃあ、私はそろそろ寝るわ。明日も早いしね。あーあーいいわね。学生諸君は夏休みがあって」
「……ご苦労様です」
苦笑いしながら、僕は自室へと戻った。
ベッドに腰掛け、何気なく携帯を開いた。
すると、いつの間にか一件の新着メールを受信していた。僕はある予感にかられて、急いで届いたメール画面を開いた。
予感は当たっていた。差出人はアリサさんで、内容はこうだった。
『明日会えませんか? 私の家で』




