41「愛してますわ。お兄様。殺したいくらい……」
「ことり……。君はあすかの姉の、雪ノ宮ことりなんだね……?」
ことりと向かい合いながら、僕は彼女に尋ねた。
彼女は、口元に好戦的な笑みを浮かべながら答える。
「くふふ……そうよ。ぁたしは、雪ノ宮ことり……」
「本当に別人としか思えないな……」
大人しく、品があって、自己主張の少ないあすかと、大胆で獰猛で、攻撃的なことり。まさに対照的な二人だった。
「それにしても、二重人格なんて実際に存在したとはね……」
ことりは僕の疑問には答えずに唇をゆがめて、挑戦的に笑うと、
「ぁんた。ぉ母さまにはずいぶん辛くぁたってたのね」
僕をじっと見つめながら言った。その瞳はまるでガラス玉のように無機質で、何を考えているのかよくわからなかった。
「……見ていたのか?」
依然としてことりの心の声は聞こえないままだ。僕は慎重に聞き返した。
「ええ。ぉ母さまったら。日頃は偉そうにお澄まししてるくせに、ぉ兄様と会った途端にうろたえちゃって。ぉかしかったわ」
「君こそ、実の母なのにずいぶん辛辣なんだね」
「お母さまが自分勝手なのは、ぁなたが一番よく分かってるでしょう。それがお兄様のことでぁんなに心を痛めて。いい気味だわ」
「どっちが自分勝手なんだか」
ことりは今でも、僕を殺そうと企んでいるのだろうか。
心が読めないから分からない。だからこそ、逃げるわけにはいかなかった。
ことりが何を考えているのかを知るためにも。
「君は一体……どういう存在なんだ?」
僕は言葉を選んで尋ねた。
「ことりは、あすかという主人格の中に隠れてるもう一つの人格……っていうことでいいのか?」
「そうね。一つ訂正するなら、ぁたしの方が力は上よ。だから、ぁたしとあすかは対等ではない」
「君が、好きな時にあすかの体を奪えるということか……?」
「ぁたしは、あすかが表に出ている時も外の風景を見てぃるの。でも、ぁたしが表に出ている時は、あすかは完全に眠っている状態。今も、深い眠りにつぃてぃるわ」
つまり、今あすかは『ことり』に肉体をのっとられていて、自分の意思でコントロール出来る状態ではない、ということらしい。
「ことり。一つ聞くけど、君の目的は一体なんなんだ?」
「簡単よ。あすかの幸せをブチ壊すコト」
「なっ……それって、どういうことだ?」
「ぁたしは、昔からあすかのことが気に食わなかったのよ。優しくて、ぉ淑やかで、礼儀正しくて。粗暴なぁたしなんかよりも、両親はあすかのことばかり可愛がってた。だからぁたしは、生前もあすかのことを苛めてぃたの。そして、そぅこぅしてる内にぁたしは病気で死んでしまった。あすかは現実に生きてぃる。ぁたしには、それが許せなぃの。だから、あすかを絶望のどん底にまで叩き落とすの」
「……それで、僕のことを殺そうというのか?」
「そうよ。ぁなただけじゃなぃ。あすかの親しぃ人はみーんな、ぁたしが嬲って、苛めて、ぃたぶり尽くしてやったわ。ぉかげで、あすかは一人ぼっち。くふふ、くふふ……」
そう言うと、ことりは閃光のような速さで僕の眼前へと距離を縮めた。
「愛してますわ。お兄様。殺したいくらい……」
そして、僕の腰に手を回し抱きついてきた。
「え……? ことり……?」
しなやかな体から伝わってくるぬくもりと、白梅香のふんわりとした香りに、僕は動揺してしまった。
「なーんてね」
ことりは悪戯っ子のように微笑むと、腰に回す手の力を強めた。




