39「それでは、透お兄様。参りましょうか」
「これは……」
「おととい、あすかが透のお宅にお邪魔したでしょ? その時に、DNAのサンプルを持って帰らせていたの。ごめんなさいね、黙っていて。でも、こうでもしないと、私達のお話を信じてもらえないと思ったから……」
つばめさんは、本当に申し訳なさそうに、眉根を寄せながら言った。
まあ、DNA鑑定は別にいいんだけどさ。それにしても、いつ僕のDNAなんて手に入れたのだろうか。と思ったらあの時か。あすかにキスされたあの時。唾液というか、頬の内側の粘膜だと、かなり正確な鑑定が出来ると聞いたことがある。
「それでね。透」
考え込む僕に、つばめさんが話を切り出す。
「これでアナタと私は、ちゃんとした親子だということ、信じてもらえたと思うのだけど」
「ええ、よく分かりましたよ。というか、こんな証拠を突きつけずとも、言葉や態度だけで証明してほしかったですけどね」
「そ、それは……。きちんとした証拠も必要だと思ったから。気を悪くしたなら本当にごめんなさい」
「気にしないでいいですよ。別に怒ってなんかないですから」
「そ、そう? 本当に怒ってない?」
「怒ってないです」
「私のしたこと、許してくれる?」
「それはまた別の話です」
「そう……。じゃあ」
つばめさんは佇まいを直しながら、
「いよいよ本題に入るけども。アナタ、私たちと一緒に暮らさない? 色々あったけども、私たちは本当の家族なんだから」
「僕にだって今は別の家族がいますよ。雪ノ宮ほど立派な家柄ではないけど。それでも僕にとって大切な人達なんだ。お気持ちは嬉しいですけど、すぐに返事はできません」
「今すぐには答えを出せないということ?」
「簡単に言うとまあ、そういうことです」
「そう……。まあ、大体の予想はしていました」
つばめさんは悲しそうに目を伏せながら、
「確かに、私は昔アナタを見捨てて家を出ました。自分でも本当に最低なことをしたと思っています。そんな人間からまた一緒に暮らそうと言われても、戸惑うのが当然ですものね……」
「いえ、そこまで言うつもりは……」
「いいのです。そう簡単に心を開いてもらえるなんて、ムシのいいことは考えていません」
「僕は、別に……」
「ただ、ひとつだけワガママを聞いてもらえないかしら? 一度だけでいいから呼んでほしいの。『母さん』と」
「それは……」
それは、僕にとっては出来ないことだった。
いや、出来なくはないことだけどね。僕はこの人のことを、ちゃんと母親だと認めているのだ。認めた上で、どうしても拒否してしまうのだ。自分でも分かってはいるが、十四年分のわだかまりはすぐに溶けそうにはない。
「そう……。分かったわ」
つばめさんはフッと寂しそうに笑って、
「この話はまた今度にしましょう。それより、夕ご飯はもう食べたの?」
「……いえ、まだです」
「それじゃあ、せめてご飯だけでも食べていって。今日は久しぶりに、私が腕を振るうから。大丈夫よ。こう見えてもあすかのご飯もたまには作ってるの。だから……ね? いいでしょ?」
「そりゃあ、まあ……いいですけど」
身を乗り出して言うつばめさんにたじろぎつつも、
「夕ご飯食べたらすぐ帰りますね。その……家の人も心配するだろうから」
「ええ。長居させる気はないから安心して。それじゃあ、あすか。気晴らしに透を庭でも案内してあげて。くれぐれも、粗相のないようにね」
「はい。お母さま」
あすかにそう言うと、つばめさんは楚々たる足取りで部屋を出て行った。
しんと。
広すぎる部屋に、静寂が訪れた。
それにしても。
あの人は本当に僕の母さんなのかね。美人で、大人しくて、礼儀正しくて……言っちゃ何だけど、神奈月の母さんの方が、よっぽど僕に似てるような気がするんだけど。
「それでは、透お兄様。参りましょうか」
なんてことを考えていたら、あすかが声をかけてきた。
僕とつばめさんのやり取りを見て、どういう気持ちだったのか。彼女は形のいい眉をハの字に曲げて、
「お兄様といられる時間を、一秒たりとも無駄にしとうございません。不肖あすか、命をかけてお兄様をもてなしたく存じます」




