38「これを見てほしいの」
つばめさんに熱い抱擁をされている間に。
僕とつばめさんの関係をもう一度思い返してみた。
一。あすかの話が本当なら、彼女は生き別れになった僕の実の母である。
二。彼女は僕の実父の暴力に耐えかね、二十三歳の時に僕を置いて家を出た。
三。そしてその後、彼女は雪ノ宮の家に嫁ぎ二人の子を産んだ。
まあ、大体こんなところか。
この他にも利権争いや、骨肉の財産争いに巻き込まれる可能性も0ではない。正直言うと今の僕は神奈月家の人間であって、雪ノ宮家の人間とはあまり関わりたくはない。
もう、家族間の争いに翻弄されるのはごめんだ。
「ごめんね透。私ったら取り乱しちゃって……」
と。
そうこうしてる内につばめさんは顔を上げて、
「本当にごめんなさいね。私はあの時、何度もあなたを連れていこうと思っていたの。でも当時の私は、あの人から逃げ出すことしかできなかった。そのことを、今日までずっと後悔していたの」
「……後悔するくらいなら、最初から僕のことを置き去りにしなきゃよかったんじゃないですかね? それに、僕なんかを家に上げない方がよかったんじゃないですか? 財産分与とかも大分ややこしくなるし」
「そんなことはどうでもいいの! アナタさえ生きていてくれたら! 私はあの家を出てから今まで、アナタのことだけを考えて生きてきた。ずっと、アナタに謝りたいと思って……うう……」
と、またもや号泣をしだすつばめさん。僕を昔捨てた母が、僕のために涙を流してくれるのか……僕にとっては少々複雑な思いだった。
「お母さま。母さま」
とその時。あすかはつばめさんの肩をそっと揺さぶった。
「な、なに……? あすか」
「お母さま。今日はそのようなことをお話に来たわけではないのでは?」
「どうして!? 十四年ぶりにわが子と会えたなのに。再会を喜ぶこともできないの!?」
「そういったことではありません。あすかも、お兄様とこうしてお会いできる喜びを分かち合いとうございます。しかし、お兄様もお忙しい中こうしてわざわざ来てくださったのですから。まずは本題に入りませんと……」
「ああ、そうだったわね。透には、大事なお話があって来てもらったんだったわね。ごめんねあすか。私ったら動揺してしまって」
「いえ。わたくしの方こそ出すぎたことを言いました。申し訳ございません」
そう言うとあすかは、畳に額がつかんばかりに頭を下げている――なんだろうな、この二人はまごうことなき親子のはずなんだけど、どこかよそよそしい。まあ、雪ノ宮家となれば相当な名門だ。庶民には計り知れない礼儀作法というものがあるんだろうけど。
「ごめんなさいね、透。見苦しい所を見せちゃって」
涙をハンカチでぬぐい、僕に向き直るつばめさん。
「今日、こうしてわざわざ来てもらったのは、大事なお話があるからなの」
「ええそうでしょうね。こちらとしても、なるべく早めに本題に入ってもらえるとありがたい」
「これを見てほしいの」
「……? 何ですか? これ……」
つばめさんがテーブルの上に置いたのは。
いわゆるDNA鑑定書という奴だった。
A4サイズの紙に報告の日付や、サンプルの資料などが記載されている。
そして一番気になる結果だが、鑑定結果は大きな文字でこう書かれてあった。
『両者は血縁関係にある母子だと断定いたします』と。




