37「……お久しぶりです」
雪ノ宮邸。
それはまさに、「豪邸」と称するに相応しい大きさだった。
いや、屋敷というのが失礼なほどであり、むしろお城という表現の方が合っている。それほど高い堀に囲まれた、広大な邸宅だったのだ。
僕の家が数十軒建てられるといっても決して大げさではない。大きさもさることながら、巨大な池には高そうな錦鯉がウジャウジャと泳いでいて、庭には巨大な松の木がアーチ状に生えている。まさに、典型的な武家屋敷といったところである。
僕は、いわゆる客間と言われる部屋へと通された。その部屋を、僕は隅々まで見渡した。広すぎて、視界に入りきれなかったが。それほど広大な和室だったのだ。こんなにも立派な部屋を、僕はそれまで見たことがなかった。
「すみません、お兄様。お母様は、もう少ししたらこられますので。いましばらくお待ちくださいませ」
あすかは、僕の前にお茶とお茶菓子を置いて、そう話しかけてきた。うちが出しているものとは違って、濃厚で繊細な香りがただよってくる。僕は、あすかに向かって尋ねた。
「……えっと、母さん、は、いつもこの時間は家にいるの?」
「無理して母と呼ばずとも、お兄様の呼びやすい言い方で大丈夫ですわ。そうですね、この時間帯ならば在宅していることが多いですわね」
「そうなんだ」
僕は失礼にならない程度に、室内を観察した。四十畳ほどはありそうな空間。木彫りの虎。高級そうな掛け軸。どこからどう見てもお金持ちの家といった感じだ。母が十四年前に家を出てから、どういう経緯で雪ノ宮の男と出会い、恋に落ち、結婚したのか。僕は知らない。しかし、自分があの男の下で死にそうな生活をしてる間に、母はこれだけの暮らしを手に入れていたのだ。不満に思わないでもない。
「申しわけありません、お兄様。お兄様が苦労されている間に、何もしてさしあげられず……」
僕の表情から何かを察したのか、あすかは悲痛な面持ちで謝罪をした。なぜ、あすかが謝らなければならないのか。僕にはサッパリ分からなかった。まだあすかが生まれてもいない頃に起きた出来事なのに。しかしあすかは、僕の境遇に対しての責任を感じているようだった。僕があすかに声をかけようとしたところで、部屋のふすまが開き、一人の女性が現れた。
「あなた……」
実の母親との対面、というのはこれほどまでに味気ないものだろうか。
いや、味気ないというよりは、実感が沸かないと言った方が正しい。
むろん、この人が母だということを疑ってるわけではない。
あすかよりも紫みを帯びた深い青色の髪で、薔薇のように真っ赤な着物を着ている。僕が三歳の時に家を出たから今母は三五歳のはずだが、まだ二十代でも通用するほど美人だった。
「透。透なのね!」
「本当の母親なら、見れば分かると思うけど」
僕は思い切り皮肉を込めながら、淡々と答えた。しかしつばめさんは気を悪くした様子もなく、むしろますます感極まった様子で、僕の名を呼んだ。
「透! 本当に……透なのね……?」
「いや、だからそう言ってるでしょ」
「透!!」
そう叫ぶとつばめさんは、僕に思い切り抱きついてきた。僕は母のそんな姿を冷ややかに見下ろしながら、肩に手を置いた。
「……お久しぶりです」
「透! 会いたかった! 透!」
流石親子と言ったところか、あすかと同じくらい涙腺が緩いつばめさんは、僕の胸の中でさめざめと泣き続けた。




