36「あすかのことを認めるわよ! これでいいんでしょ!」
「――上等じゃない!」
と大声を発したのは。
言うまでもなくほみかだった。
「雪ノ宮あすか! このあたしの目が黒いうちは、あんたなんかを認めないわ。この家の敷居も二度とまたがせないようにするから、そのつもりでいなさい!」
「それは――」
あすかが挑戦的な笑みを浮かべ、
「ほみかお姉さまが決めることではないのでは?」
「う、うるさいわね! あたしが家に入れないって言ったら入れないのよ! 何よ。今時『ですわ』とか漫画みたいな喋り方しちゃって! ブリッ子して、頭の悪い兄貴をたぶらかそうとしたってそうはいかないんだからね!」
「わたくしは雪ノ宮の人間として、相応の話し方をしているつもりですわ。ほみかお姉さまの方こそ、その品性に欠けた、乱暴な言葉遣いは如何なものでしょうか?」
「だ、誰が品性に欠けてるっていうのよ! あまりつけ上がると、こっちも容赦しないわよ!」
「うふふ。面白いですわね……ではこちらも、それなりの対応をさせていただきましょうか?」
「はいはい。両者そこまで」
キャットファイトを始めそうな二人の間に立ち、僕は制止をかける。
あすか……物腰こそ穏やかだけど、目が全然笑ってないよ? 明らかにほみかのことを敵視してるし……やっぱりほみかとは合わなかったか。
まあ、これは大体予想できていたことなんだけどね。ほみかとあすかを引き合わせたらどうなるかなんて。そう簡単に埋まる溝じゃないことは分かりきっていたことなんだから、ゆっくり時間をかけて埋めていけばいい。
「わたしも。喧嘩はよくないと思うなあ」
と、思っていると、りおんが天使のような微笑を浮かべながら、
「おととい会った時にはああいう感じだったから、こっちも身構えはしたけど。実際こうして話してみると、あすかちゃん良い子なんじゃないかな? 年齢のわりにしっかりしてるようだし、家柄もちゃんとしたところだしね。わたしは、みんなで仲良くすればいいと思うよ?」
と、意外にも正論を挟んできたので、
「へえ。じゃあ、りおんはあすかのことを認めてるってこと?」
「もちろんそうだよ。ていうか、認めるも認めないもないよ。遠縁とはいえ親族なんだから。この世知辛い世の中、親戚付き合いは大切にしなきゃ。そうでしょ?」
「う、うん。そうだね。そのとおりなんだけど……。本当にそう思ってる?」
「当たり前じゃない。透ちゃん、ここの所わたしのこと少し誤解してるでしょ? こう見えても、わたしはとっても平和主義者なんだからね? わたしはあすかちゃんとは仲良くしたいと思っているし、勿論ほみかちゃんもそうしてほしいと思ってるよ」
りおんは慈愛に満ちた笑顔でそう言うが、どう考えても胡散臭かったので、心の声を聞いてみた。
すると……。
(うふふ、ここで二人がお互いに潰しあってくれれば、わたし一人で透ちゃんを独占できる……。もちろん、お金持ちで美少女のあすかちゃんは警戒必須だけど。いとこならそう簡単に透ちゃんと結婚できないし、白輝さんみたいに政略結婚させられる可能性も十分ある。ここであすかちゃんを認めれば、わたしの心の広さを透ちゃんに褒めてもらえるかもしれないし……一石二鳥だよね!)
「う、うん。じゃあ、りおんはとりあえずあすかのことを認めるってことで」
りおんの本心を聞いてドン引きしたが、それを気取られないように話を進めた。
「後はほみかだけど。どうかな? どうしても、あすかとは仲良くできない?」
「あ……あったりまえじゃん! そんなの!」
(嫌だよ! だって、お兄ちゃんの妹はほみかだけなんだもん!)
僕に尋ねられ、怒りに体を震わせるほみか。
「どうして? あすかは別に悪い子じゃないけど」
「だ、だって……」
「それにりおんじゃないけど、親戚同士でいがみ合うっていうのはどうかな。特別仲良くしろとまでは言わないけど、喧嘩だけはしないでほしいよね。僕もどちらかというと、二人には仲良くしてほしいからさ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「もちろん、僕の妹はほみか一人だから、お前のことを一番大事に思っている。でもね、あすかのことだって同じくらい大事に思ってるわけさ。それをこう、頭ごなしに否定して喧嘩を吹っかけるようでは、僕はほみかのことを嫌いになるかもしれないよ?」
「な、なによ。あたしは別に、あんたに嫌われようが、何しようが……」
(ダ、ダメダメ! それだけは絶対ダメえええええ! ほみかのこと、見捨てないでお兄ちゃん! ほみか、何でもするから!)
「あすかはどう? ほみかと仲良くできる?」
「勿論ですわ、お兄様」
僕が尋ねると、あすかは背筋を伸ばして答えた。
「あすかは、お兄様の言うことをちゃんと聞きます。お兄様が仰ることなら、ほみかお姉さまとも仲良くいたします……透お兄様のために。先ほどはああ言いましたけど、仲良くなるための努力はしたいと思っています。そうすることで、お兄様が喜んで下さるなら……。ほみかお姉さまも、先ほどの非礼を許してくださるなら、あすかと親しくしていただきとうございます」
あすかに向かい合ってそう言われると、ほみかはたじろいで、
「うっ……!」
「ほら。あすかはこう言ってるよ。ほみかより一つ年下の女の子が。こういう時、ほみかお姉ちゃんはどうするのかな?」
「あーはいはい! わかった! わかったわよ!」
僕が答えを促すと、ほみかはヤケクソ気味に答えた。
「あすかのことを認めるわよ! これでいいんでしょ!」
「おーよかった。それじゃあ、二人とも握手」
僕がそう言うと、二人はなぜか左手を差し出して、
「ほみかお姉さま。不束者ではありますが、どうかよろしくお願いいたします。先ほどは無作法なことを申し上げて大変申し訳ありませんでした……お許しいただけますでしょうか?」
「当然じゃない! そんなの」
ほみかはあすかの左手を握りかえして、
「あたしだって、ちょっと言いすぎたかなーって、一応反省はしてるわよ! でも、勘違いはしないでよね! あんたが少しでもバカ兄貴にちょっかいを出したら、あたし容赦しないんだから!」
「はい。これで二人は仲良しこよし」
僕はほみかとあすかの肩を軽く叩きながら、笑顔で言った。
あすかは目が笑ってなかったし、ほみかは口元がヒクヒクしてたのが気になるけど……。とにかくこれで、形式上は二人の仲を取り持つことに成功したわけだ。
「まあ、そんなわけだからさ」
僕はほみかとりおんに向けて言った。
「これから僕は、ちょっとあすかの家に出かけてくるよ。ちょっと、先方に色々と挨拶をしにね。かまわないよね? 僕は親戚として行くんだし、それをりおんもほみかも、たった今認めたばかりでしょ?」
「それは……まあ……」
「認めるって……言ったけどさ……」
りおんもほみかも、渋々納得せざるをえないようだった。
これでいい。最初から完全な和解なんて、こっちも求めてはいない。僕はただ、時間が欲しかっただけなんだ。
あすかやその母親と、しっかり話し合えるだけの時間を。
ほみか、りおんから、尚も不満そうな視線を背中に向けられながら、僕はあすかと共に家を出た。外にはいかにも高級そうな、黒塗りのリムジンが停められていて、僕はそれに乗り込んだ。
いざ、雪ノ宮邸へ。




