35「わたくしは、あなたをお兄様の妹とは認めません」
……一触即発。
ほみかは頬をふくらませ、口をへの字に曲げ、目尻を上げて、あすかに噛み付かんばかりに睨みつけている。これは相当な修羅場になるかもしれないぞ。
「あんた、いきなり出てきてバカ兄貴に慣れ慣れしくしちゃってさ。それっておかしくない?」
「なぜでございましょうか?」
「なぜもなにもないわよ。大体、実の妹のあたしでさえ知らない親戚が、バカ兄貴とだけ普通に会ってたなんて、そんなこと信じられるわけないでしょ」
「そう申されましても……」
あすかは困ったように眉を潜めた。まあ、ブラコンのほみかなら、こうなることは分かっていたんだけどね。むしろ、こうならないほうがおかしいわけで。
「それとさ」
僕の心配をよそに、ほみかはさらに眉間にしわを寄せて、
「あんたさっきから、バカ兄貴のことを『お兄様』とか言ってるわよね?」
「はい。申し上げました」
「バカ兄貴の妹は、あたしだけなの! 急に出てきて、妹ヅラしないでよ!」
ついに感情が爆発したのか、ほみかは大声を上げた。
「あたしとバカ兄貴は、世界でたったひとりの兄妹なの! そりゃあ、お父さんお母さんが離婚して離れ離れになった時期はあるけど、今ではこうして一緒に暮らす家族なのよ! それが、お金持ちだかなんだか知らないけど急に出てきてすり寄ってくるなんて、認められないわよ! そうでしょ、バカ兄貴!」
「いやまあ、認めるとか認めないとかじゃなくて、あすかが僕の親族っていうのは事実なんだけどな……」
「うるっさいわね。ここは同意しなさいよ。クソ兄貴が」
「それに、今まで黙ってた理由については説明しただろ? あすかは雪ノ宮の人間だしさ。名家と庶民の間には、常識では考えられないような格差があるのさ」
「そんな理屈は聞いてないわよ!」
ほみかは地団太を踏んで、
「とにかく、バカ兄貴の妹はあたしだけなんだから! あたしはあんたみたいな胡散臭い奴、ぜーったいみとめないんだからね! それだけは覚えておきなさいよ!」
そう言って。
ビシイッ! っと人差し指をあすかに向けるほみか。
要するに、ほみかは『血のつながらない妹ポジション』にいるあすかに対して、深い嫉妬を抱いているわけだ。まあ、本当はほみかの方こそ、血がつながってないんだけどね。
対するあすかは、父親違いとはいえ僕の実妹であるから、ほみかに対しても良い印象は持っていないだろう。僕を慕うあすかにしてみれば、神奈月家さえなければ、僕と一緒に暮らすことも出来たのだ。逆に考えれば、神奈月家のせいで、あすかと僕は離れ離れになったとも言える。
……うーん、やっぱり難しい問題だな。
むしろ和解できる要素が一つもないっていうね。
まあ、ほみかがこういう感じなら、あすかの方が一歩引いて、何とか平静を保ってもらうしかないんだけど――。
「……ひとつ、よろしいでしょうか。ほみかお姉さま」
しかし。
それまで僕とほみかのやりとりを静観していたあすかが、急に声を上げた。
「誤解があるようなので訂正いたします。わたくしは、ほみか様のことを『お姉さま』と申し上げてますが、それはほみかお姉さまのことを認めているからではありません」
ほみかのことを冷徹に見つめながら、粛々と語るあすか。
その冷たい視線は、確かに姉と認めた者に向けるものではない。
「な、なによ。何か文句があるわけ?」
と。
勿論ほみかはそう言い返した。
大人しいと思っていた子が、急に反論してきた驚きもあると思うが。
「わたくしは、あなたをお兄様の妹とは認めません」
びしゃりと。
まるで冷水を浴びせられたようだった。
謙虚で、お淑やかで、礼儀正しくて……。あすかの人格の方は、人と争うことを知らないと思っていたが。それは僕の勘違いだったようだ。むしろあすかの人格の方こそ、僕にとって最も警戒すべき人物だったのだ。
事の成り行きはともかく。
あすかは、ほみかに対して宣戦布告をしたのだった。




