32「お兄様。大事なお話があってお迎えに参りました」
「いや、好きなの? って聞かれてもなあ」
頭をかいてそう答える僕。
「僕にもよく分からないんだよ。そもそも、アリサさんっていう人がどういう人なのか、僕はほとんど知らなかったんだ。今回の結婚にしたってそうさ。よく分かりもしないで、好きも嫌いもないよ」
「じゃあ、今のところは特に好きでも嫌いでもないってことでいいのよね?」
「えっ? あ、うん、まあ」
「本当に? 透ちゃん!」
僕の返答に、ぐいっとりおんが身を乗り出す。
「今の言葉、ボイスレコーダーに録音したからね。まあ、わたし以外の女性には半径百メートル以内に近づきませんって契約書も血判つきで欲しいところだけど、それは我慢する。でも、白輝さんと付き合うなんて絶対ダメだからね!」
「……りお姉、マジ引くわー」
「……うん」
どこから取り出したのか、小型のICレコーダーを持ってドヤ顔するりおん。
それを、呆れた顔で見る僕とほみか。
「な、なに? 二人してそんな顔で見ないでよ。でもでも、本当に白輝さんにとっては、良縁かもしれないじゃない。青木ヶ原って言えば、大手の企業だし」
「お金さえあればいいってもんでもないでしょ。ていうか、何でりお姉は、そんなにアリサさんの結婚に賛成なのよ?」
「え? え? わたしはただ、客観的にものを言ってるだけで……」
「あー! 分かった! りお姉、アリサさんが別の人と結婚したら、ライバルが減るとか思ってるんでしょー! まったく、なんてしょーもないこと考えてんのよ!」
「ふ、ふんだ! 何とでも言って! わたしは透ちゃんを手に入れるためなら、何でもするの!」
……うーん。
なんだか、大分話が逸れてきた。というか、すんごく馬鹿な会話になってきたぞ。道理でりおんは、アリサさんの結婚を後押しするようなことを言っていたわけだ。アリサさんが結婚して学校も辞めれば、自分にとって得だから。
でも、それが普通なのかもしれない。りおんが完全に損得勘定で動いているように、アリサさんもまた家を守るため、仕方なく嫌いな人との結婚を選んだのだ。
「ほんっとに! りお姉ったら、少しはアリサさんの気持ちを考えなさいよ!」
「まあまあ。落ち着いて。ほみかも、りおんも……」
僕が二人にそう声をかけようとした時。
ピンポーンと、インターホンが鳴らされた。
「あ、お客さんかな? ごめん、僕が出てくるから。ちょっと待ってて」
僕は二人にそう言うと、玄関に向かった。
はて、誰だろうな、一体。
ここの所、変な来客が多いんだよな……新聞の勧誘しかり、悪徳セールスマンしかり。まさか不審者ってことはないだろうけど。ていうかこのシチュエーション、ほんの数日前に心当たりが――。
「お兄様。おはようございます」
案の定、だった。
玄関先では上質な着物姿の雪ノ宮あすかが、三つ指をついて土下座していた。
「あ……あすか……?」
僕が声をかけると、彼女は顔を上げ、意を決したように切り出した。
「お兄様。大事なお話があってお迎えに参りました。申し訳ありませんが、これから当家までご足労願えませんか?」




