28「……私、もうじき結婚するんです」
その後四時間ほど。フリーフォール。バイキング。回転ブランコなど。園内のあらゆる絶叫系マシンを僕らは堪能した。いや、堪能したのはアリサさんだけであって、僕にとっては吐き気やトラウマと戦う恐怖の時間に過ぎなかったのだが。
そんなわけで、日も大分傾き。
僕らは園内にある休憩所のベンチに座っていた。座っていたというか、僕はアリサさんに膝枕をされているんだけど。
これはまあ、一応断ったんだけど、「私のせいですから」とアリサさんが聞かなくてさ。涙ながらに言われちゃ断るわけにもいかず、こうして僕は、アリサさんの白く柔らかい太ももを堪能しているというわけだ。
「……どうですか、神奈月さん。具合の方は」
(……すみません、私のせいで)
上から僕を見下ろしながら、アリサさんが言った。
そして、申し訳なさそうに眉毛をひそめながら、
「……本当にすみませんでした。神奈月さんがここまで絶叫系に弱いことを知りませんでしたので」
「いやいや。いいんだよ。ジェットコースターに誘ったのは僕の方だし。怖がるアリサさんの顔を見たいなって、少しふざけてしまったんだ。だから、天罰みたいなもんだよ」
「……お気遣いありがとうございます。でも、私が悪いのは事実ですから……」
(……私さえ調子に乗らなければ、こんなことにならずに済んだんです……)
「いやいやいや」
また泣きそうな顔で言われたので、僕は言葉を遮った。そんな悲痛な表情をされたら、こっちが逆に申し訳なくなってくるよ。
「本当に大丈夫なんだって。ほら、このとおり」
「……あ」
僕はむくっと起き上がると、アリサさんに向き直った。アリサさんは心配そうに僕をじっと見つめている。
あのアリサさんが、ここまで女の子らしい仕草や表情をするなんて、初めて出会った時は思いもしなかったな。昔は『氷の女王』と言われるくらい、クールで冷徹だったものだ。話しかけても、返事が返ってくることが珍しいほど無愛想だったんだけどね。それが今やどうだ。そこらの子に比べたら、よっぽど女の子してるよ。
「ね? もう問題ないんだよ。だから、アリサさんも気にしないで」
「……わ、分かりました」
「分かってくれたならいいよ。何ていうかさ、アリサさんにそんな心配されたら、こっちのペースが狂ってしまうんだよね。普段のアリサさんみたいに、彫像のようにでーんと構えていてもらわないと」
「……誰が彫像ですか、誰が」
「いや、これは僕の例えが悪かったね」
僕は苦笑して頭をかいた。
いやあ、人間の心っていうのは本当に難しいな。
今日のアリサさんはいつもと違うっていうか、大分打ち解けてる気がしたから、ついつい踏み込みすぎたことを言ってしまう。
「でも、今日は本当に誘ってくれてありがとうね」
僕は努めて明るい声で言った。
「遊園地なんて久しぶりに来たから、いい休暇になったよ。色々あって、最近ストレスもたまっていたからさ。アリサさんとのデートは、それが全て吹っ飛んじゃうくらい楽しかった」
「……そうですか。もう最後なので、神奈月さんにそんなに楽しんで頂けたなら、私も嬉しいです」
そう言って、アリサさんは寂しげに微笑んだ。
……え?
最後?
「ねえ、今日はずっと気になってたんだけど。話って何? それに、最後ってどういうこと? まさか、どこかに引っ越すことになったとか、そういう話?」
思い返してみれば、今日はアリサさんの雰囲気がいつもと違っていた。どうもデートを心から楽しんでいない。心の奥底ではとてつもない不安を抱えている。そんな感じだった。そして、それを隠すために明るく振舞っていたのではないか。
「……お別れ、という意味ではそうですね」
アリサさんが、ふと目を細めた。
そして告げる。
「……私、もうじき結婚するんです」




