26「……私、乗ります」
「いやあ、ごめんごめん。アリサさん、待った?」
僕は陽射しを避けるようにして、パンダ型の休憩所で休むアリサさんに声をかけた。アリサさんは、僕の顔を見上げて、
「……いいえ。それより、誰からの電話だったんですか?」
「ああ、別に何でもないよ。お母さんからだった」
「……そうですか」
それきり、俯いて黙り込んでしまうアリサさん。
「それじゃあ、さっきの話の続きをしようか。アリサさんの大事な話って何?」
「……」
僕が話しかけても、返事をしない。
そして、心の声だけが聞こえてきた。
(……その、今はちょっと。話しづらいことなので、出来れば後で)
「……そうか。やっぱり今はやめておこう。その代わり、話したくなったら話してよ」
「……はい。すみません……」
アリサさんは立ち上がると、僕に向かって一礼して、
「……それより、他のアトラクションを見て回りましょうか。まだ《ブーさんのバニーバント 》に行っただけですし。色々みないと勿体ないですよ」
「ああ、そうだね。そうしようか」
僕はアリサさんの言葉に頷いて、
「じゃあ、次に行こうか。僕としてはまんべんなく楽しんでいきたいと思っているけど、アリサさんはどういうのに行きたい? 怖い系とか、ファンタジック系とか。色々あるけど、苦手なやつとかってある?」
「……別に、何でも大丈夫です。お気遣いなく」
と、アリサさんはつれない態度で答える。やはり、途中で席を外したことで気まずいムードになっているようだ。
何とかしなければ。そう思い、あちこち僕は見渡した。すると、あるアトラクションが目に入った。《ライジングスピリッツ》。この遊園地で一番迫力があると言われているジェットコースターだ。
「ねえ、アリサさん。あれに乗らない?」
僕は《ライジングスピリッツ》を指差して言った。
「あのジェットコースター、結構怖いみたいだよ。園内をぐるっと一周する規模らしい。前から一回乗ってみたかったんだよね」
「……あれ、ですか……」
すると、再びうつむいてしまうアリサさん。
普段の彼女なら「……いいですよ」とかクールに言うところなのに。酷く歯切れが悪い。不思議に思う僕の頭に、またアリサさんの心の声が聞こえてきた。
(……出来れば、ジェットコースターは止めてほしいです。高いところ怖いですし、もし途中でレールから脱線したり、ベルトが外れて落ちることを考えたら……。絶対嫌です。絶対乗りたくありません)
どうやら、アリサさんは絶叫系が苦手なようだった。
ていうかもう、心の声とか聞かなくても、もじもじした様子を見れば一目瞭然なんだけどね。
でも、怖いから止めようとは、恥ずかしくて言えないと。
「ねえ、怖いなら止めとく? 怖いなら無理して乗ることはないよ」
「……誰が怖いなんて言いました? 神奈月さんこそ嫌なら乗らなくていいですよ?」
「僕は全然大丈夫だけど、アリサさんが乗りたくなさそうだからさ。どうする? 乗る? やっぱり止めとく?」
僕は意地悪く言った。こういうことを言うと逆効果になり、アリサさんは意地になって反発しようとするだろう。そんなアリサさんを見るのは何とも面白い。
「……あ……う……」
僕の目論見どおり、アリサさんは「あー」とか「うー」とか、言葉にならない声を発し、視線をあちこちに泳がせた。
そして顔を真っ赤にし、涙目になりながら口を開き、蚊の鳴くような声で言った。
「……私、乗ります」




