25「うるさい! あたしを騙した罰よ!」
電話を切った後、ほみかは小さくため息をついた。
言いたいことは何一つ言えなかったし、聞きたいことも何一つ聞けなかった。りおんもアリサも自分なりに、透にアプローチをかけているというのに自分は。
ふと気がつくと、向かいの席に座るりおんが何か食べていた。
「りお姉、何そのケーキ?」
「ん? これ? さっき頼んだの♪」
「はあ!? いつ!?」
「ほみかちゃんが電話に熱中してる時」
そうであった。
りおんのテーブルには、サクッとしたタルト生地に、カスタードクリーム、色とりどりのフルーツがトッピングされた、いかにも高そうなケーキが置かれていた。
自分が懸命に透と話している隙に、まさかそんなことをしていたとは。
しかし、それも仕方ないことだ。
本来、ほみかとりおんは恋敵同士なのだから。
今は、たまたま利害が一致しているから手を組んでるだけだ。
そして、その同盟が終わった時――神奈月透を奪い合う、本当の戦いが始まるのである。
午後の時間に差し掛かり、店内も大分混んできた。透とアリサの動きも気になる所なので、りおんがケーキを食べ終えたら、早めに店を出ようとほみかは思った。
と、その時。りおんの耳に、何かがついているのが見えた。
「りお姉、耳に何つけてんの?」
「え、ああ、これ? 別に何でもないよ」
と、りおんは大きく手をバタバタさせて言うが、ほみかにはどうも腑に落ちなかった。りおんがその仕草をする時は、必ず嘘をついているからだ。
「りお姉、何か音楽でも聴いてるの?」
「そ、そう! 今ね、チャラーズの歌を聴いてるの!」
りおんが必死に弁解をする。ますます怪しい、とほみかは思った。
「りお姉、チャラーズ嫌いって言ってたじゃん」
「そうかな? そんなこと言ってた?」
「うん。チャラチャラしてて見かけだけだって。テレビで見るたびに吐き気がする、死ねばいいのにって切り捨ててたじゃん!」
「しゅ、趣味が変わったの! よく聴いてみると凄くいい歌だなって!」
「本当に……?」
完全に怪しい。
そもそも、今は音楽など聴いてる場合ではないはずだ。
ましてや、りおんはヤンデレ病にかかっている。何より透を優先しようとするはずだ。ということは、あれは……。
「ねえ、りお姉」
「なあに?」
「ちょっと、あたしにも聞かせてくんない? ちょうど今気分転換したくって」
ほみかがそう言うと、りおんはギクリと肩を震わせた。
「……だ、ダメダメ! 今はわたしが聴いてるんだから!」
そして、大げさに両手をブンブンと振った後、
「それに、ほみかちゃんが聴いてもつまんないよ! すっごく下手な歌だから!」
「さっきと言ってることが違うじゃん!」
バーン、と、ほみかは勢いよくテーブルを叩く。
周囲の客が、また何事かと二人を見る。
「いいわよ。下手な歌でも全然いいから、あたしにも聴かせなさいよ!」
「ダ、ダメだって! これは実は呪いの曲で、聴けば死ぬまで呪われ続けるという……」
「えーい、うるさい!」
そう叫ぶと、ほみかはりおんの手からイヤホンを奪い取った。
ほみかには、ある確信があった。
奪い取ったイヤホンを耳につけると、予想通り透の声が聞こえてきた。
『いやあ、ごめんごめん。アリサさん、待った?』
という会話。おそらく、近くにアリサもいるのだろう。
続けて、透の声が聞こえてくる。
『ああ、別に何でもないよ。お母さんからだった』
なに嘘ついてんのよ!
思わず叫びだしそうになるのを必死にこらえて、りおんを見る。
「ひゅー、ふひゅー♪」
――りおんは、下手な口笛を吹いて誤魔化していた。
首を横に傾け眼をそらし、明らかに気まずそうな様子で。
「……ねえ、りお姉。これ、どういうこと?」
「さ、さあ。どういうことだろうね?」
りおんの白々しい態度を見て、ほみかはあることを思い出した。
あの時だ。今朝、りおんが透に渡したお守り。
――あの中に、盗聴器がしかけられていたのだ。
ということは、りおんはずっと透の会話を聞いていた……?
「な、なに? 別にいいじゃない。このおかげで、透ちゃんに気づかれることなく尾行することが出来たんだよ?」
なおも悪びれる気配のないりおんには答えず、ほみかは椅子から立ち上がった。
そして、りおんのテーブルのケーキを奪う。
「こんなもの、こうしてやる!」
「ああああああああああああああああああ!?」
店中に響き渡るような、りおんの悲鳴が轟く。
りおんが注文した超高級ケーキを、ほみかは一気に食べ始めたのだ。
もはや注目どころか、周囲からは奇異な目で見られていたが、りおんはそんなことはおかまいなしに叫んだ。
「何するのよほみかちゃん! それ、わたしのケーキだよ!?」
「うるさい! あたしを騙した罰よ!」
ほみかは口周りをクリームでいっぱいにしながら答えた。
その時であった。耳につけたイヤホンから、また透の声が聞こえてきたのは。
『それじゃあ、さっきの話の続きをしようか。アリサさんの大事な話って何?』




