24「あたし、バカ兄貴のこと信じてるから……」
――電話のコール音を待つこと十回。
神奈月ほみかは、兄、透が電話に出ることをイライラしながら待ち続けていた。
早く出なさいよ。
早く出なさいよ。
早く出なさいよ。
先ほどから、そのフレーズばかり出てしまう。その身悶えするような苛つき加減は、隣で様子を窺う一ノ瀬りおんも、思わず緊張した顔つきになってしまうほどだった。
ほみかとりおんは、今透とアリサがデートしている遊園地に来ていた。
はっきり言って、二人は透の語ったことを「嘘」と断言していた。
他の女と会いに行くのではないか?
その女とは二人のよく知る人物で、だから透は嘘をついたのではないか。
本音を言えば、自分もついていきたかった。――しかし、そんなことは言えなかった。ツンデレ病に冒されてるせいか、つい本音とは逆のことを言ってしまう。
だからこっそり、りおんと二人透の跡をつけてきたのだ。
良くないことだと思う。――しかし、透はよく無茶をする。兄が危ない目にあってしまうかもしれない。そう考えると、ほみかはいても立ってもいられなかった。
二人がいるのは、透のいる場所からほど近く離れた、とあるカフェ。つかず離れず。遊園地に来てからの透とアリサの動向を、二人はずっと監視していたのだ。
ほみかは、サングラスをかけただけの軽い変装をしていた。りおんに至っては、ただマスクをしているだけである。思えば夏休みに、何が悲しくて女同士で遊園地に来なくてはならないのか。しかも、透とアリサの雰囲気は段々いいムードになってきていて、それが余計に苛立ちを増幅させる。
透は一向に電話に出る気配がない。
もう二十コールは続いている。そろそろ不在着信になる頃である。別に出るまで何回でもかけ直すつもりだったが、出来れば最初の着信で出てほしい。
さっさと出なさいよ!
ほみかの怒りが頂点に達しようとした時、
『や、やあ、ごめん! ほみか、何の用?』
と、透の声が聞こえた。
焦って電話に出たのか、かなり息を切らしている。
「何の用じゃないわよ! このくそ兄貴が!」
『――! ちょっと、電話口で怒鳴らないでよ』
おそらく通話口から耳を離したのだろう、若干遠い声で透は喋った。
しかし、ほみかには止められない。
分かってはいるが、言葉を抑えられない。
「あんた、今どこにいるのよ! 誰といるのよ! 答えなさいよ!」
さて、どう出てくるのか。
ほみかは透の「浮気現場」をはっきり抑えている。
しかし、透はそのことを知らない。
透が人の心を読めることは、ほみかも知っている。だから、今朝はなるべく会話に加わらず、心を読みとらせないようにしたのだ。
『どこって、男友達の家で勉強中だけど……』
「嘘! どうせ女といるんでしょ?」
透の言葉を、偽りだと断言するほみか。その大きな声に、周囲の客が驚いて何事かと注目するが、ほみか自身どうすることも出来ない。ただ言葉が勝手に出てくるだけだ。
「どうなのよ! どうせアリサさんでしょ!? アリサさんと遊園地あたりに行って、一緒に写真撮ったりしてデレデレしてるんじゃないの!?」
「ほみかちゃん。あんまり大きな声出さないで。周りのお客さんに迷惑じゃない」
がるるると吠えるほみかを、冷静にりおんがなだめる。
『いや、だからそんなんじゃないって』
透はやはりそう答えた。
それが嘘であることはもうバレていることなのだが、出来ればもう少し泳がせて証拠を抑えたい。
今度は店員や周囲の客に考慮して、ほみかは出来るだけ小声で話す。
「じゃあ聞くけど、何で周りの音がそんなに騒がしいのよ? それに、沢山の人の声が聞こえるんだけど」
『こ、これは、その、テレビの音だよ!』
割と雑な言い訳をする透。やはり、今はほみかの心の声が聞こえていないらしい。電話口では能力が発動しないと、前もって聞いていた通りである。
「あんた、さっき勉強中だって言ってたじゃない」
『い、今は休憩してるんだ! ずっと勉強ばっかしてたら、息が詰まるだろ?」
と、必死に弁解をする透。その声を聞いて、ほみかは声のトーンを落とした。
「まあ、いいわ。そーゆーことにしといてあげる」
『? そ、そう? ありがとう』
大好きだよ。
たったそれだけの言葉が、言えない。言おうとすればするほどに。それがツンデレ病のツンデレ病たるゆえん――と以前読んだ本には書いてあった。
だから、ほみかはなるべく気持ちを抑えて、
「なるべく早く帰ってきなさいよ。あたしはどうでもいいけど、遅くなるとお母さんも心配するし」
『ああ、わかったよ』
違う! そんなことが言いたいんじゃない!
本当に言いたいことは別にある。
――しかし、どうしてもほみかは、本音を口にすることが出来なかった。それはほみかだけではない。今隣にいるりおんも同じなのだ。そして、そう簡単に治せないからこその奇病なのだろう。
だから。
「バカ兄貴……あと、一つだけ言っておくわよ」
『うん……』
ほみかの口調が変わったことを察したのだろう。
電話口の透が、身を堅くしているのがほみかにも伝わった。
ゆっくりと――そして、冷静に。一音一音、ほみかは発音した。
「あたし、バカ兄貴のこと信じてるから……」




