22「……分かればいいんです。それでは、行ってきます」
記念撮影も終わったところで。
僕らはやっと遊園地を満喫しようと行動を始めた。
といっても、そんなすぐにアトラクションを楽しめるわけじゃないんだけどね。
人気のあるアトラクションほど、並ぶ時間も長い。ということで、アトラクションによっては整理券を発行し、極力順番待ちをしなくていいようになっているのだ。まあ、エリアに行って取ってこないとダメなんだけど。
「と、いうわけで。はい」
僕はアリサさんに向かって手のひらを向けた。「……?」という顔つきになるアリサさんに、僕は説明をする。
「《ブーさんのバニーバント 》のファストパスを取ってくるよ。アリサさんはそこのベンチで待ってるといい。だから、パスポートを貸してよ」
「……何を言ってるんですか、貴方は」
アリサさんはなぜか憤慨したようで、
「……今日、神奈月さんをデートに誘ったのはこの私です。それなら、私が取りに行ってくるのは当然じゃないですか?」
「? いや、こういう場合は男が動くもんだと思うけど?」
僕は苦笑してそう言うが、
「……男性だからといって、何もかも率先してやろうというのは、おかしな話です。かといって二人で行くのは効率が悪いので、神奈月さんはゆっくりしていて下さい」
「いやいや、そんな気を遣わずに」
僕はアリサさんの主張に笑って反論した。
「さっきも言ったけど。ほとんどタダ同然で入場できたのは、アリサさんがチケットを持ってきてくれたおかげなんだ。お世話になりっぱなしっていうのは悪いからね。だから僕は僕のために、ひとっ走り行って来ようとしただけなんだよ?」
「……そういう古い固定概念は女性を侮辱しています」
(……お気遣いは嬉しいのですが、それでは私の気が済まないです)
しかしアリサさんは、頑として譲らない。
一体、どうしたっていうんだろう?
いつものアリサさんなら、ここまで頑固になったりしないはずだ。まあ、誘った側がサービスをするという考えは、間違ってはいないけど。それでもなんだか、無理してるように見える。
アリサさんはついに、目を涙で潤ませて、
「……お願いします。私に取りに行かせてください」
(……じゃなきゃ、私ここで泣いちゃいますよ?)
「……わ、分かった! 分かったよ! そんなに言うならお願いするよ!」
と、根負けした僕はついにパスポートをアリサさんに渡す。
「……分かればいいんです。それでは、行ってきます」
そういって、アリサさんはフラフラと、右前方に向かって歩き出す。
うーん。
なんだかなあ。
こんなこと言うと申し訳ないけど、歩くの遅いなあ。
陽射しもきついし、アルビノのアリサさんには立ってるだけでも辛いはずなのに。
ていうか、だから僕が行くって申し出たんだけどね。男の方が歩くの早いから。でも、アリサさんの熱意につい負けてしまった。
やっぱり、今日のアリサさんは変だ。
もちろん、初めてのデートなのだから、人間なら誰でも浮かれてしまうものだ。事実、僕だってそうだ。でも彼女の場合はどこか違う。まるで、今日のデートが最後の思い出になるみたいな。いかに上辺の態度を繕っても、心の中までは嘘をつけない。少なくとも、アリサさんが何かを隠してるのは事実だ。
となると、さっき心の中で呟いた『今日で最後』という言葉が気になってくる。
もしかしたら、アリサさんはどこか遠い所に引っ越してしまうのだろうか。そういえば、家がお金持ちで、お母さんはドイツ人と言っていた。ならば、急な引越しがあってもおかしくはない。
まあ、今はいいさ。
たとえそうであったとしても、アリサさんが言いたくないことなら、無理に聞く気はない。
そう。全てはアリサさんが自分から話してくれるのを待とう。
そんなことを。
ベンチに座ってお茶を飲みながら考えていた時。
アリサさんが戻ってきた。
「……すみません、遅れました」
アリサさんは僕の前まで小走りで寄ってくると、息をつきながら言った。
「いや、全然。それよりごめんね。雑用みたなことやらせちゃって。じゃあ、どうする? 次はどこ行こうか?」
「……そうですね。《ブーさんのバニーバント 》の順番が回ってくるまで、時間を潰していましょうか。そこのレストランで食事でもどうですか?」
そう言ってアリサさんが指差した先には、まるでお城のようなレストランがあった。
「ああ、そうだね。そういえば朝から何も食べてないや。軽く腹ごしらえをして、そこからアトラクションを見て回ろうか」
「……そうですね。ただ、その前に一つ言っておきたいことがあるのですが」
「ん? なんだい?」
僕が聞き返すと、アリサさんは僕の顔をじっと見つめて、
「……支払いは全て私が持ちます。神奈月さんは一切財布を開けないように。いいですね?」




