21「……これが、最後になるかもしれないんですから……」
さて、そんな風にして念願のもふもふを達成したアリサさん。
周りの子供達もビックリするくらいのはしゃぎようだった。
アニメのキャラクターに、おそるおそる握手を求めたかと思うと、優しく撫で撫でしたり、勢いよく抱きついたり。普段のクールぶりが嘘みたいなテンションの高さだった。そのギャップは、見ていて心が暖かくなる。
だから。
「はい、アリサさん撮るよ~」
「……え?」
笑顔でぬいぐるみと戯れていたアリサさんを、携帯のカメラで撮影した。
すると、
「……ちょっと待ってください。何してるんですか?」
と言って、アリサさんは少しむくれた表情で僕に詰め寄る。
「いやいや。だってさあ」
僕は撮れた画像を確認しながら、
「せっかくのデートなんだし。記念に一枚くらいいいじゃないか」
「……よくありません。消してください」
(……こんな気の緩んだ顔を撮られるなんて、恥ずかしすぎます)
アリサさんは僕から携帯を奪おうと手を伸ばして、
「……大体、いきなり女の子の顔をカメラで撮るなんて失礼じゃないですか? これは、もはや盗撮といっていいくらいですよ」
(……一応メイクはしてますけど。それでも神奈月さんに撮られる写真なら、かわいく映るアングルじゃないとダメです!)
いやいや。
いや。
確かに不意打ちをしたのは悪かったけどさ。モデルじゃないんだから、写真を撮るのにそんな準備がいるなんておかしくないかな?
「ああ、ちょっと待って。アリサさん」
僕は携帯を撮ろうとするアリサさんの手を払いのけつつ、
「わかったよ。もうこれ以上は撮らない。それは約束する。でもね、この写真だけは貰っていいかな? アリサさんがとても可愛く映ってるし、何より大切な思い出になるからね」
「……思い出、ですか……」
(……私との思い出なんて、何の価値もありませんよ……)
僕がそう言うと、アリサさんは深刻そうな顔でうつむきだした。
心の声も不穏だ。
どうしたんだろう。写真に撮られるのが、そんなに嫌だったんだろうか。僕がそんなことを考えた時、
「……分かりました。でも、それだと神奈月さんだけ思い出を残せるということで、ひどく不公平な話だと思いませんか? 別に神奈月さんの写真なんて欲しくないですけど、私だけ蚊帳の外なんて御免です」
アリサさんは顔を上げて言った。
凄く真剣な表情で。
「ああ、わかったよ」
だから僕も真剣に、
「じゃあ、アリサさんも僕のこと、好きなだけ撮影していいよ。そもそも、今回はアリサさんが持ってたチケットのおかげでここに入れたんだからね。アリサさんの好きなように楽しむ権利はあるよ」
「……いえ、私も一枚でいいんです。だって――」
アリサさんはまた着ぐるみの群れに向かって歩き出した。
途中で、ふと寂しそうに笑って、
「……これが、最後になるかもしれないんですから……」
……え?
……これで、最後?
一体、どういうことだ?
「あらあら。お二人で記念写真ですか? いいですねえ~」
僕の困惑をよそに。
アリサさんはキャンペーンガールのお姉さんを連れてきた。
「何かもう、飛び出せ青春! って感じですよね。お二人ともお若いみたいですけど、学生さんですか~?」
「ああ、はい。高校生です」
「い~~ですね~~え。わたしなんてもう、七、八年くらい前の話ですよお~。その時付き合ってた彼氏とも結局卒業までに別れちゃって。もうそれきりですよ~。だから、なんだか羨ましくなってきますね~」
……キャンギャルさん。
にっこにこ笑顔の裏に、強烈な嫉妬の炎が見えるのは気のせいでしょうか?
「ちなみに、お二人はもう付き合ってらっしゃるんですか~?」
「つ、付き合ってませんよ。僕たち、そういう関係じゃないんですから!」
キャンギャルさんの勘違いを、僕は必死になって訂正した。
アリサさんなんて、顔を真っ赤にしながら横を向いてるよ。
ていうか、何でこのキャンギャルさんはそんなプライベートなことまで踏み込んでくるんだ? さっさと写真撮ればいいのに。
「あ。長々とすみませ~ん。それじゃ、撮りますね~」
と、ようやくキャンギャルさんは携帯のレンズを僕らに向けた。
「はいは~い。もうちょっとくっついて~? じゃなきゃ、フレームに入りませんよ~?」
「だ、そうだって。アリサさん。もうちょっと近寄ろう?」
「……仕方ないですね」
(……わわわ。そんなに顔近づけちゃダメです。顔赤くなってるのがバレちゃいますから!)
こうして。
ポージングや細かい表情まで注文されて、何回かNGまで出した挙句、ようやく一枚の写真を撮ってもらったのだった。お姉さんは去り際に、「じゃあね~彼氏さん。彼女をちゃんとエスコートしてあげるのよ~」と、妙な忠告だけして仕事に戻っていった。
いや、だから違うんだけどね。




