19「……はい。行きましょう。一緒に……」
「そっか。まあ、あんまり気負わないで楽にいこうよ。僕も今日は息抜きの為に来たんだからさ」
「……そうですね」
答えながらも、どこか浮かない様子のアリサさん。
「……? アリサさん?」
「……」
なんだろう。さっきから、無言でじーっと見られてる。アリサさんの真っ赤な目が上目遣いで、何かを訴えるように、何かを催促するように僕を見つめている。
何か言いたいことでもあるのだろうか?
僕はそれとなくアリサさんの心を読み取ってみる。
(あうう……。神奈月さん、ニブチンすぎます。まず、初デートする時は女性のファッションを褒めるのは常識ですよ? 神奈月さんのために、昨日の夜寝ないで考えてきたんですから。それなのに、似合ってるねの一言もないなんて酷すぎます。マイナス二万ポイントですよ、もう)
ああ。
そういうことね。
ダメだな。
気負うなと言ったばかりなのに、僕の方が舞い上がってたのかもしれない。
僕は落ち着いて、アリサさんの様子をあらためて観察した。
まるで、次元が違う美しさだった。真っ白な肌は元より、白のブラウスに白のフレアスカート。履いているパンプスまでもが白一色で、まるで雪の国から出てきた妖精だと言われても何ら違和感がない。
今日のアリサさんのヘアースタイルはポニーテールだった。腰元までのサラサラな銀髪ロングストレートを、後ろで束ねている。おお、この髪型は初めて見る。アリサさんなりに、今日のデートは気合を入れてきてることが分かる。
「えーっと、さ。アリサさん」
「……なんですか?」
「その……。綺麗だよ。コーディネートはバッチリ決まってるし。髪型も少し変えたんだね。似合ってると思うよ」
そう言った途端、アリサさんの頬がリンゴのように赤くなった。
肌が白いから赤面してるのが非常に分かりやすい。
アリサさんはアタフタとしながら、
「……そ、そうですか。全く気づかないと思っていましたが、少しは空気が読めるようですね。髪型を変えたのは一種の気分なので、勘違いをされては困りますが」
(……やりました。神奈月さんに喜んでいただけて、すごく嬉しいです。神奈月さんのためにオシャレした甲斐がありました)
「うんうん。いやいや綺麗だよほんと。まさしく絶世の美少女。崖に咲いたコスモス。風光明媚とはこのことだね」
崖に咲いてるコスモスはちょっと違くない? とは思ったけど。まあ、それくらいアリサさんの美しさを褒め称えてるってことで。それに、普段は制服姿しか見てないわけだし。私服で来られると、普段とは違った印象を受けてしまうものだ。
「……もういいです。そんなに褒めなくて」
「えっ?」
「……ちょっと持ち上げれば、全ての女性が喜ぶと思っていませんか? これだからデート慣れしていない男性は困るんです。それに、崖に咲いてるコスモスって別に褒めてませんよね? あまりおだてられると、お世辞にしか聞こえませんよ」
「あー……ごめん」
少しやり過ぎたかな、と反省する間に、またアリサさんの思考が流れてきた。
(……ご、ごめんなさい。褒められるのは嬉しいんですけど、私、そういうのにあまり慣れてなくて……。どういう風に神奈月さんのこと見ていいか分からないので、あまり褒めないでもらいたいです)
なるほど。要するに褒めすぎてもダメだし、褒めなかったら褒めなかったらでまたダメだと。色々と難しいな女の子っていうのは。
「うん。分かったよ。この件に関しては僕が悪かった」
僕は軽く頭を下げた。
その際にチラッと腕時計を見る。
八時三十分。そろそろいい時間だ。
「じゃあ、そろそろ行こうか。待ち時間もあるし。並ぶのは嫌だから、早めに行こう」
「……そうですね。ところで、私の右手がお留守なのを見て、何とかしようと思いませんか?」
「へ? 右手?」
見ると、確かに右手はお留守だった。というより、何も持っていないというのが正解か。なんだろう、ジュースでも買ってきてほしいのかな。
「……ひとつヒントを差し上げると、飲み物を買ってきてほしいとか、甘いものが食べたいとか、そういうことではありませんから」
「うっ……」
チラッと自販機を見た瞬間、アリサさんから鋭い指摘が入った。
ま、まあ確かに、これからすぐ遊園地に行くのに飲み物を買うとか、ちょっとおかしいかなって僕も思ってたけどさ。
「わ、分かってるさ、それくらい……」
と答えるが、実は全く分かってないので、僕はアリサさんの心を読むことにした。
すると……。
(……もう。どうしてこう、神奈月さんって鈍いんでしょう。女の子の手が空いているのを見たら、『じゃあ行こうか』と手を差し出すのが当然じゃないですか? それを『時間が惜しいから早く行こう』とか、ムードが台無しですよ。私のこと、もう少し女の子として扱ってください)
あーなるほどね。
いや、まあこれも何となく分かってはいたんだけどね。でもほら、初デートでいきなり手をつなぐっていうのも、気恥ずかしいかなとか、相手が嫌がるかなとか、そういうことを考えるわけで。
いや、いいさ。
言い訳はよそう。
とにかく今は、アリサさんがしてほしいことをすればいい。
「ごめんね、アリサさん。そこまで気が回らなくて」
僕は意を決すると、少し不機嫌そうにしてるアリサさんに手を差し伸べた。
「でも、これだけは分かってほしい。僕は今日のデート、とても楽しみにしたということをね。確かに僕は不慣れだから、色々と粗相や迷惑をかけてしまうかもしれなけど、出来る限りアリサさんと一緒に楽しんでいこうと思ってるよ」
「……あ。は、はい。ありがとうございます……」
「じゃあ行こうかアリサさん。別に急ぐこともないけど。せっかくアリサさんと過ごせる時間だから有効に使いたいしね」
とまあ、こんな感じでいいのだろうか。
自分の思うままに喋ってみたのだけれど。
肝心のアリサさんの反応は……。
「……はい。行きましょう。一緒に……」
そう行って、僕が差し出した手をギュッと握った。その手はまるで赤ちゃんのようにスベスベで、ほんのりと暖かかった。頬はうっすらと紅潮して、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
まあ、色々あったけど。
何だかんだで僕とアリサさんのデートは始まったのだった。




