15「わたくしの姉ですか……。名を、雪ノ宮ことりといいました」
「お兄様。どうかなさったのでしょうか?」
思案する僕を気づかうように、あすかは声をかけた。
「いや、何でもない」
僕は答えながらも、考えていた。
二重人格――解離性同一性障害ともいう。一人の中に別の人格が存在する。本人が意識しないまま入れ替わり、記憶などのつながりもない。
ということは、あすかの中に、「ことり」という別人格が眠っていることになる。礼儀正しく、少し悲観的な所があるあすかと、攻撃的で、他者を省みない性格のことりと。
「お兄様……やはり、立腹されているのでしょうか?」
(わたくしが記憶をなくしている間、お兄様にご迷惑でもおかけしたのでしょうか。もしそうならば、わたくしは死をもって償わなければなりません)
ふと顔を上げると、あすかが今にも泣きそうな顔で、僕を見ていた。
「違うよ。あすかは何も悪くない」
といいつつも、まだ彼女に対する警戒を完全に解いたわけではない。
あすかは、そんな僕の心境を察したのか、
「わたくしのこと……お嫌いになりましたか?」
「い、いや、嫌ってないから」
「では、わたくしのことなど興味もなくされたのですね……」
「どうしてそうなるの……」
興味がないどころではない。
……それどころか、もっとあすかのことを知る必要がある。
「ねえ、今回みたいなことって初めてなの?」
僕は言葉を探りながら言った。
「つまり、突然記憶が飛ぶようなことって、よくあったりする?」
「たびたびはありません。極まれにですが、意識がなくなる時がございます」
「その間の記憶も……全くない?」
「はい。一種の夢遊病のようなものですか。その間にわたくしが他の方にご迷惑をおかけしているのではないかと。気が気じゃありません」
あすかの言うことをまとめると、こういうことだ。
・極まれに記憶を無くすことがある。
・その間、自分が何をしているかは分からない。
・別人格の存在についても、認識はしていない。
「記憶を無くすようになったのって、いつごろから?」
「三年ほど前からですわ。寝て起きますと、日付が何日か飛んでいることに気がつきましたの」
「それって……突然そうなったの?」
「はい。三年前、わたくしは姉を病気で亡くしてしまいました。お医者様が言うには、精神的苦痛から逃れるため、眠ってるあいだ身に覚えのない行動をとるようになったとご説明を受けました」
「……お姉さんを亡くした? 病気で?」
「はい。さようでございます」
僕は、心臓が早鐘を打つのを感じていた。
あすかの別人格――ことりは確かにこう言った。
「ぁたしはあすかの姉」なのだと。
そのあすかの姉が、三年前に死んでいるのだとしたら――。
「ね、ねえ。その亡くなったお姉さんの名前、なんていうの?」
僕は、内心の動揺を隠すように尋ねた。
あすかは、落ち着き払って僕の質問に答える。
「わたくしの姉ですか……。名を、雪ノ宮ことりといいました」




