14「もう一つ聞くけど、僕のこと好き?」
そして。
まず僕は気絶したりおんを背負って、隣の家まで送り届けた。おばさんには熱中症で倒れたと説明し、何とか事なきを得た。
問題なのはあすか(ことり?)の方で、放っておくわけにもいかず、着物を着させると二階にある僕の部屋まで運んだ。ひょいと腕に抱きかかえると、お姫様だっこスタイルで移動する。ほとんど重さを感じない、といったら嘘になるが、りおんと比べてもかなりの軽さだった。
「さーて、これからどうするかだよな」
ベッドの上で、静かに寝息を立てる彼女を見下ろしながら一言。
別に悩む状況でもないとは思うけど。こういう事態になったら親御さんに連絡を入れるのが筋ってもんで。でもその親御さんっていうのが、僕の生き別れの母さんなわけで。しかも、あすかに関しては精神に異常をきたしてる上に気絶している。目を覚ましたら何をするかも分からない。
まさに、八方ふさがりとはこのことだ。
「こんなことなら、今日は家に上げるんじゃなかったかな……」
後悔の念をこめて、深くため息をつく。
すると。
眠り姫は薄く目を開けると、ゆっくりベッドから起き上がった。
僕と目が合った。
虚ろに開いていた目が、かっと見開かれる。
次の瞬間。
彼女はベッドの上で土下座をしていた。
そして叫ぶ。
「申し訳ありません! お兄様!」
「…………はい?」
僕が発した言葉は、相当に間抜けだったと思う。
寝起きざまに土下座?
先ほどの行いを反省して?
じゃあ最初からするなよというツッコミは?
ていうか、また性格変わってない?
「わたくしとしたことが、大事なお話の最中に気絶してしまうなどと……」
「えっ!? 話の最中に気絶?」
彼女の謝罪を聞いて、僕は困惑した。
なんだ。この子。もしかしたらとてつもなく痛い子なのか?
というより、何で今度はこんなに腰が低くなるわけ?
しかも、さっきまで殺そうとしてた相手に。
まずい、頭が混乱してきた。この子、本当に大丈夫なのか?
いや、違う。
僕は頭を振った。
一つだけ思い当たる症状がある――あすかが抱えてる病気の症状が。
「……怒ってないから。まず顔を上げて」
「は、はい……」
僕がそう言うと、彼女は恐る恐る顔を上げた。
僕は、その事象を確かめるためにある質問をした。
「ねえ、聞いていいかな? 君の名は……雪ノ宮あすかなんだよね?」
「は、はい。勿論でございます」
顔は上げたが、三つ指はついたままで、あすかは答えた。
「そうか。じゃあもう一つ。気を失うまでのこと。どこまで覚えてる?」
僕がそう尋ねると、あすかは数秒考えるそぶりを見せて、
「そ、そうですね。はしたなくも、お兄様の前で涙を流してしまったところ……でしょうか。それが、最後の記憶にございます」
ということは、短刀を持って僕を襲ったことは覚えてないということか。
「もう一つ聞くけど、僕のこと好き?」
「はわわわ。お、お兄様。突然、何を……」
「いいから答えて」
別に変な意図があるわけじゃないんだから。
この質問で、あすかの病名が分かる。あすかが抱えてる、心の闇も。
あすかは、はにかみながら答えた。
「そ……それは、この世で唯一のお兄様ですし、お兄様のことはお慕い申し上げております……」
(わたくし、お兄様のことを心から愛しております! 生き別れていた兄と、またお会い出来るなどとは夢にも思わず……この雪ノ宮あすか、心の底から敬服しております! わたくしごときが好意を寄せるなど、恐れ多いほどのお方にございます!)
心の中で彼女は、僕を絶賛している。
……ここまで話して僕は、あすかが抱えてる病気について、ある確信を持った。
彼女――雪ノ宮あすかは、二重人格だ。




