11「さぁ、鬼ごっこはおしまい……」
「……ことり?」
僕は思わず聞き返した。彼女はあすかの体に眠るもう一つの人格だと、間違いなくそう言ったのだ。
最初はふざけているのかとも思ったが、彼女の目を見て、すぐにそれが間違いだと気づいた。
彼女は、嘲るような冷たい目をしていた。先ほどまでの不安そうな態度から、堂々とした佇まい。体にまとう雰囲気に至るまで、僕が今まで話していた「あすか」という存在とは、全く異質な存在だった。
彼女――あえてことりと呼ぶが、ことりは、冷徹な目で僕を見据えていた。
僕は、たまらず口を開く。
「どういうことなんだ。ひょっとして、僕をからかっているのか?」
僕は彼女の肩に手を乗せながら言った。
「くっふ……、気安くさわらないでぇ……」
汚れた物を見る目でことりは、僕の手を左手でつかんだ。
「なっ……!?」
思わず声を上げてしまった。そのくらい、ことりが僕の手を握る力は強かった。
「うっ…………!」
とても立っていられなかった。僕は床に膝をついたが、ことりは僕の手を離そうとはしなかった。なんという握力。とても女の子の力とは思えなかった。
「いい……? ぁたしは……ぁなたのことなんか、認めていなぃ……」
ことりは手首をひねり上げた。関節を曲げられ、たまらず僕は立ち上がる。その隙をついて、僕は彼女に投げ飛ばされた。背中から地面に落とされ、僕はごふっと声を漏らすと床に寝転がった。
床に倒れ伏す僕を見下ろして、ことりはニヤリと口元を歪めた。
「くふふ……。ぁれえ、どうしたのお兄様ぁ……。もうお昼寝の時間……?」
しかし、なぜだ。
ことりは、僕に明確な憎悪を抱いている。いや、憎悪なんてものじゃない。これは殺意といっていいレベルのはずだ。
なのに、なぜ。
ことりの心の声は聞こえないんだ?
僕は起き上がることが出来なかった。
寝転びながら、目だけを彼女にやる。
「僕を……どうするつもりだ……?」
「くひひ……。さぁ、どうしようかしらね? いっそ、このまま死んじゃウ?」
「あすかが本当に僕の兄妹なら、そんな酷いことはしないはずだけどね」
僕が「あすか」という名前を口にした途端、ことりの笑みが止まった。そして、忌々しそうに僕を見つめて、
「あすかの姉妹は、ぁたしだけ。ぁんたじゃない!」
「……何だって?」
あすかは先ほど言った。「わたくしに唯一残された兄妹はお兄様だけ」と。ならば、この「ことり」と名乗る少女は、一体なんなんだろう。
混乱する僕を尻目に、ことりは懐から布で出来た袋を取り出した。
その中から出てきたのは――何と短剣だった。
「くふふ……さぁ、思い残す言葉はぁりますか?」
「い、いい加減にしろ! 冗談にしても限度ってものがあるぞ!」
僕は痛めた体を引きずるようにして、ことりから距離を取ろうとした。
が、それよりも素早くことりは、僕との間合いを詰めた。
「くかか。あなたさえいなくなれば、あすかはわたくしだけの物。あすかは永遠にわたくしだけの妹。お兄様なんていらない。お兄様は消す」
「や……やめろ。僕たち、たった二人の兄妹なんじゃないのか!?」
僕は過呼吸に耐えながら叫んだ。どういう状態なのかは知らないが、今のあすかは異常だ。懸命に説得しなければ、間違いなく殺される。
「だからぁ、ぁたしはあなたのことなんか認めていないの。あすかの兄妹は、わたくしだけなの」
ことりは、先ほどと同じ言葉を返しながら、ゆっくりと僕に近づいた。
僕は必死に後ずさったが、やがてドン、という音が聞こえた。
振り返ると、壁があった。いつの間にか、壁際まで追い詰められていたのだ。
「さぁ、鬼ごっこはおしまぃ……」
ことりは冷酷につぶやくと、僕に向かって短刀を振りかぶった。
僕は恐怖に負け、反射的に目を閉じた。
キイン! という、金属がこすれる音がする。
「な……んだ。おまえ、だれだ……」
ことりの声が聞こえる。僕はゆっくり目を開けた。
視界に入ってきたのは、あすかの短刀を包丁で受け止める少女の姿だった。
まさか……そんなことって……。
僕の心の声に答えるように、少女は後ろを振り返ると、
「大丈夫!? 透ちゃん、助けにきたよ」
彼女――りおんは、僕に笑顔を向けて言った。




