6「わたくし、あなた様の本当の妹にございます」
その瞬間は、突然やってきた。
現代国語が終わったので、英語の課題に取り組もうとした時だった。
ピンポーンと。
玄関のチャイムが鳴った。
「あれ? 誰か来た?」
「多分、回覧板だろうね。ちょっと待っててりおん。すぐ戻ってくるから」
僕はそれだけりおんに言うと、一階に降りて玄関に向かった。
「はーい。どなたですかー?」
ガチャリと。
ドアを開けたそこに立っていたのは。
いや、立っていたというのは正確ではない。その人は土下座をしていたのだ。手のひらを地につけ、綺麗な角度で、額を地面に付くまで伏せている。今まで見たことが無い、完璧な土下座だった。
「なっ……えっ、なんですか? あなた」
僕がそう言うと、少女は顔を上げた。
(妖精?)
そんなしょうもないことを考えてしまうくらい、少女は非現実的な美しさを醸し出していた。
腰元まで届くサラサラな青髪のロングストレート。目も青い。青緑色というのだろうか。綺麗なエメラルドグリーンの瞳は、生身の人間とは思えないほど風光明媚だった。
少女は着物を着ていた。
藤色の上質な着物を、生成りの帯で締めている。それのせいで容姿は大人びて見えるが、よく見ると僕と同い年か、少し年下くらいだった。
少女は青い瞳で、不安そうに、あるいは嬉しそうに、とにかく複雑な表情で、僕を見上げていた。その目に見つめられて、僕は胸の内が急に熱くなるのを感じた。
(何だこの子……一体、誰なんだ?)
「あなた様が……」
遠慮がちに少女はか細い声を発した。
「あなた様が、神奈月透様でいらっしゃいますね?」
「……様? ああ、神奈月透は僕ですけど……」
「ああ……。透様……。お会いしとうございました」
少女は感銘を受けたように目を潤ませている。
そんなウルウルした目で見つめられると、妙にペースが狂うけども。
「では……、わたくしのことは、お分かりになりますか?」
少女は上目遣いに、期待を込めた眼差しでそう尋ねた。
「へ? …………だ、誰って……」
どうやらこの子は、僕に用があって会いにきたようだ。錯乱した頭で考えてみるが、どう思い起こしても、目の前の少女と記憶は結びつかなかった。強いて言うなら、誰かに似てるような気はするが。その誰かというのが思い出せない。
「やはり、お分かりにならないのですね……」
少女の声には、明らかな落胆の色があった。
「ああ、いや、ごめんなさい。ちょっとド忘れしてるみたいで。失礼ですけど、どなた様でしたっけ?」
僕が尋ねると、少女はやっと地面から立ち上がると、真っ直ぐに僕を見据え、そして言った。
「わたくし、 雪ノ宮あすかと申します」
「え? 雪ノ宮って、あの名家の雪ノ宮……?」
僕はそう聞いたが、あすかと名乗る少女は僕の話を聞いてないようだった。
見ると、あすかの瞳からは大粒の涙があふれている。
「お兄様……」
震える唇から、彼女は確かにそう発音した。僕はその言葉を聞いた瞬間に、大きく嫌な予感がした。そして次の瞬間には、その予感は現実になるのだった。
「お兄様……! お兄様……!」
「え、ちょっ……!」
止める間もなく、あすかは僕に抱きついてきた。
「お兄様……ずっと、お会いする日を夢見ておりました。わたくし、あなた様の本当の妹にございます」
あすかは僕の胸に顔を埋めながら、涙を流していた。
僕は呆然とした。雪ノ宮の娘が、僕の本当の妹? そんなことあるわけない、と否定することは出来なかった。
なぜなら彼女は、爪の跡が残るくらい強く、僕の腕を握り締めていたからだ。とても、嘘や冗談を言っている雰囲気ではない。
(い、一体どうなってるんだ……!)
僕はしばらくの間、困惑しながら彼女の細い体を抱き止めていたのだった。




