5「――代わりに、ご褒美をあげる」
信賞必罰方式、という言葉を知っているだろうか。
功ある者は賞し、罪ある者は罰する。
僕は今、この方式で勉強している――といっても、賞もなければ罰もないが。
端的に言うと、問題に正解すると、りおんから頭を撫で撫でされる。
間違うと、りおんからハグされる。
これのどこが信賞必罰方式なのだろうか。全くもって謎だ。
「どうしたの透ちゃん。何だかすごく疲れた顔してるけど」
りおんは、心配そうに僕の顔をのぞき込みながら言った。
相変わらず、後ろから抱きしめ、僕の頭に胸を乗せたまま。
「ダメだよ。入院してた分の遅れを取り戻さないと。わたしたち来年三年生になるんだから。その時になって後悔しても遅いんだよ? それに、ほみかちゃんと遊びにいく元気はあるのに、わたしと勉強する元気はないなんて、あんまりじゃない?」
「いや、まあ、そう言われると弱いんだけど……」
よく言うよ。勉強なんて口実で、自分の欲求不満を解消してるだけのくせに。
なんてことは、口が裂けても言えなかった。何せりおんは、“ヤンデレ病”という奇病にかかっているのだ。ほみかとの一件以来、病状は良くなってきているけど、それでも安心はできない。
ここの所、ほみかにかまいっぱなしで、りおんの事をないがしろにしてた部分があるかもしれない。それで嫉妬心に火がついてこんな行為をしてきたのだろう。
「りおん。君を放ってほみかと夏祭りに行ったことは謝る。だからもう、勘弁してくれないか?」
「あら~? 何を勘弁してほしいのかな~? ちゃんと喋ってくれないと、わたし分かんないなあ~?」
くすくすと嘲るように笑って、りおんはまた胸を揺らす。たぶん他の人が見たら、勉強じゃなくて何かのプレイの一環にしか見えないんだろうな。
「うふふ。こうしてわたしの胸に詰まってる神秘のバスト・パワーを、透ちゃんの頭に注入してあげるよ」
「そんなもの注入されたら、果てしなく馬鹿になりそうだね」
「むう。なによ。透ちゃんの意地悪」
「りおん。君の気持ちは分かってるつもりだ。夏祭りを一緒にいってあげられなくて、申し訳なく思ってる。でもね、仕方ないじゃないか。いつもそばにいてくれたりおんと違って、ほみかは七年ぶりにここへ戻ってきたんだ」
僕は問題用紙に回答を書き込みながら言った。
「でもね、もしほみかが今も父さんと一緒の家で暮らしてたら……。僕は間違いなくりおん、君を誘ってたよ。親友として、幼馴染として。りおんはいつでも僕のことを支えてくれた。決して、軽んじる気持ちはなかったことは信じてほしい」
「…………ふえ」
ここまで言うと、りおんが固まった。
心なしか、顔も真っ赤になっている。
もしかしたらまた怒らせてしまったのだろうかと、僕はりおんに話しかける。
「どうしたの? 僕、何かおかしなこと言った?」
「……! ううん! なんでもない! なんでもないよ!」
(言った! 言ったよ! いつも透ちゃんっていきなりなんだから! そういう不意打ちをされたら、ドキッとするに決まってるでしょう!? でも正確に言えば、親友でも幼馴染でもなくて、将来のお嫁さんなんだけどね。そのへんの意識の差は、少しずつ調教して埋めていけばいいよね? うふふ、うふふ……)
あれれー? おっかしいぞー?
心の声が、後半かなり物騒になってた。――ていうか、調教って言葉が聞こえた気がするんだけど。
「まあ、いいよ。そういうことなら、許しあげるよ。透ちゃん」
りおんはそう言うと僕を抱きしめていた腕を放しながら、僕の前に向き直ると、
「――代わりに、ご褒美をあげる」
僕の頭を撫でた。
気がつくと、僕が書き込んだプリントの解答欄には、全て○がついていた。なるほど、問題を正解したからご褒美というわけか。
りおんはまるで子供をあやすように――優しく僕の頭を撫でた。ヤバい、何だか気持ちがいい。まるで揺りかごに揺らされてるような安心感がある。
僕はゆっくりと目を閉じた。
すると、りおんの心の声が聞こえてくる。
(はあ、ふっふぁあああ……。か、可愛い。やっぱり……されるがままになってる透ちゃん、すごく可愛いよ。あっあっ、もうわたし――透ちゃんを薬漬けにして監禁してずっと一緒に過ごしたい)
……僕は目を開けた。
そして、りおんの手をバシン、とはねのけた。
「ふえ? な、なに? いきなりなにするの?」
「ええいうるさい。今僕のことを監禁して薬漬けにしようと考えてただろ。ちゃんと分かってるんだからな?」
「ええっ? なんで分かったの? ――じゃない! そんなこと考えてないよ! だから、もっと頭撫でさせてよ!」
「お断りだよ。大体、集中力がどうのと偉そうに言ってたけど、一番集中出来てないのは君じゃないか。分からないところは一通り教えてもらったし、後は一人で勉強させてもらうよ」
あーもー。
一瞬でも、りおんのことを可愛いと思った自分が馬鹿みたいだ。
ヤンデレ病っていうのはあれだな。放っておいたら大変なことになるし、かまったらかまったらで面倒なことになる、困った病気なんだな。
近いうちにりおんのヤンデレ病を治す訓練もしなきゃな、それも早急に。
僕は、尚も頭を撫でようとするりおんの手をかわしつつ、そう思うのだった。




