1「うーるーさーい! 食べさせてやってるんだから文句言うなー!」
夏と言えば何を思い浮かべるだろうか。
海水浴? ハイキング? 天体観測?
うん、どれも風流だ。
風流ではあるけれど、今僕たちが来てるのは夏祭りだ。
時刻は夜七時。縁日の屋台を囲むようにして、沢山の人だかりが出来ている。浴衣を着た綺麗なお姉さんや、甚平を着たイナセなお兄さんが、出店を賑わせていた。
僕が何を言いたいのかというと、学校は夏休みに入っていたのである。
車に撥ねられた怪我が完治する頃には、すでに夏休みに突入していた。
そんなこんなで、やっぱり夏といえば夏祭り。
僕はほみかを誘って、縁日の屋台を見にきていたのであった。
それには別の目的もあるけど……。
「ねえ、ほみか。賑やかで風情もあって。祭りっていいもんだねえ」
「そ、そうね! バカ兄貴に味あわせるにはもったいないくらい!」
(ああ、またお兄ちゃんとお祭りに行けるなんて。ほみか幸せすぎてもう死んじゃいそう♡♡♡♡)
返事をしたのは、妹のほみか。
今日のほみかは青い浴衣を着ていた。赤や黄色といった鮮やかな星の模様が入っていて、元気いっぱいのほみからしい、可愛らしい浴衣だ。
そのほみかはツンツンした様子とは裏腹に、心の中ではデレデレ状態である。
「こらほみか。また『バカ兄貴』って言ってるよ。ちゃんと『お兄ちゃん』と呼びなさい」
「うーるーさーい! あんたはバカなんだからバカ兄貴でちょうどいいのよ!」
ほみかは、他のお客に迷惑がかかることも知らず、ブンブンと腕を振り回しながら僕を罵倒した。……やれやれ、これじゃ風情も台無しだな。
「せっかく浴衣も着てるんだから、もう少しお淑やかにしなよ」
「な、なによ。あたしがお淑やかじゃないっていうの!?」
(ごめんなさいお兄ちゃん! ほみか、ちゃんとお行儀よくしたいのに、お兄ちゃんと話してると素直になれないの!)
ほみかは表面上はプンプン怒り、心の中ではシクシクと謝罪していた。
「そ、そんなことより。早く夜店見て回るわよ。でも、遊びにきたわけじゃないんだからね。目的、分かってるでしょうね?」
「ああ、心配しないで。ちゃんと分かってるから」
今日、お祭りにきた目的。
それは『ツンデレ病改善計画』を行うためだ。
ほみかは好きな異性――つまり僕に対しては、異常にツンツンした態度を取ってしまう。でも心の中ではデレッデレ。そして僕は、愛情と憎悪といった人の感情を読み取る『共感性症候群』という力がある。今日はこの力を利用して、ほみかのツンデレ病を徹底的に治していこうというわけだ。
「と、いうわけで。時間は限られてるので有効に使おう。まずは腹ごしらえからだね。ほみか。そこのたこ焼き屋さんで、たこ焼きを一パック買ってきてくれないか?」
「えっ、い、いやよ。な、なんであたしが……」
(いいよお♡♡♡♡ ほみか、お兄ちゃんのためなら火の中でも水の中でも入る!)
案の定、ほみかは僕の頼みを嫌そうに断った。
そう。
ほみかが断ることは、想定の範囲内なのだ。
僕は財布から千円札を取り出すと、さり気なくほみかの手に握らせた。
「……もちろん、タダでとは言わない。余ったお釣りはほみかにあげるよ。だから、言ってきてくれないかな?」
「し、仕方ないわね……。お釣りをくれるんだったら、行ってきてあげるわよ。いい!? 仕方なくだからね!」
(お金なんていらないよお……。いつも迷惑かけてるんだから、むしろほみかがお兄ちゃんにおごってあげたいのにい……。もう、ツンデレ病のばかばか!)
ほみかは不承不承といった感じで、人の波をすり抜け、たこ焼き屋の前まで並んだ。
やっぱり、思ったとおりだ。ツンデレ病というのは、要するに「素直になれない病気」だ。なら、納得できる理由さえあればいいのだ。まあ、この作戦を続けていくと僕の財布がピンチになるわけだが。
しばらくすると、ほみかはトタトタと僕の元に戻ってきた。
「買ってきたわよ、バカ兄貴!」
(はい! 今焼いてもらった出来立てほやほやだよ♡♡♡♡)
「うん、ありがとう。ついでに、食べさせてもらえると嬉しいな」
「……はっ!? な、な、なにを言って……」
ほみかは顔を真っ赤にして後ずさった。
うん、心の中を読むまでもなくわかるよ、ほみか。こんな公衆の面前で『あーん』をするだなんて、僕も同じように恥ずかしい。こんなことが平気で出来るバカップルを、本気で尊敬するよ……。
「そ、そんなこと、できるわけないでしょぉ!?」
(い、いいよいいよ! なんなら、口移しでもいいよ♡♡♡♡)
ほみかは思ったとおり、表面上は僕の提案を拒んだ。
参道を行き交う客足の中には、恋人同士も多い。普通に食べさせ合いをしてるカップルもいるので、そこまで注目を集めることもないはずだが。
僕だって、普段ならこんな恥ずかしい真似はしたくない。
でも。
食べものが焼ける芳ばしい匂い。
遠くから聞こえてくる景気のいい祭囃子。
幸せそうな恋人同士の笑顔。
まあ、そうだよね。
お祭りだからね。テンションが上がって普通ならしないことをしても、不思議じゃないよね。
「と、いうわけで。ほみか。早く食べさせてくれ」
僕がそう言うと、ほみかは、「ハア!?」と怒り気味に聞き返した。
「なにが、『というわけで』なのよ! あたしは、嫌って言ったはずよ!」
(うううう、どうしても素直になれないいいい。助けて、お兄ちゃん!)
こういう場合も、さっきと要領は同じだ。
それっぽい理由をぶら下げておけば、エサに食いつく犬のように、勢いよく飛び掛ってくるのだ。ちょっと例えは悪いけど。
「ほみか。僕はね。交通事故の怪我が治ったとはいえ、まだ病み上がりの体なんだ。そんな状態のお兄ちゃんに、せめてもの情けだから『あーん』をしてくれないか?」
僕が少し具合の悪そうな演技をすると、ほみかはうっと言葉を詰まらせた。
そして。
「わ、わかったわよ! 食べさせてあげればいいんでしょ! 食べさせてあげれば! いいわよ! 思う存分食べさせてあげるわよ!」
ほみかはそう叫ぶと、爪楊枝をつかんでたこ焼きを僕の顔に押し付けた。
まさしく出来たてのたこ焼きが頬に当たって、僕は熱さのあまり悲鳴をあげた。
「あっつい! ほみか! そっちじゃなくて口に入れてよ!」
「うーるーさーい! 食べさせてやってるんだから文句言うなー!」
かくして。
『ツンデレ病改善計画』は幕開けた。
といっても、先行き不安でしかないのだが――。
まあ、それでも一歩一歩、確実に僕らは前進をしていた。




