53「僕だけに聞こえる彼女達の本音がデレデレすぎてヤバい!」
「……えっと、きてくれてありがとう?」
僕は病室に入ってきた三人に話しかけた。
彼女たちは学校帰りらしく、それぞれ紙袋を手に提げている。
母さんは「年寄りは退散しますか」とコソコソ退室していた。
「透ちゃん、具合はどう? 熱は? 痛いところとかない?」
(あったら言ってね? わたしが全身舐めてあげるから!)
「大丈夫だよ、りお姉! バカ兄貴はゴキブリ並みにしぶといんだから!」
(ううぅ~、ほみかだけでお見舞いにこようと思ってたのに、なんでこうなっちゃうのお?)
りおんが僕に詰め寄り、その横でほみかが僕をこき下ろした。
「……まあ、元気そうでよかったです。意識不明の重体と聞いた時は、少しは心配になりましたけど」
(……本当はすごく心配したんです。神奈月さんが死んじゃうんじゃないかって考えると、夜も眠れなかったんです)
アリサさんは、赤い目を涙で滲ませながら言った。
「そうだよ! 本当に心配したんだからああああああああああ!」
りおんは泣きながら、僕に抱きついてきた。
ちょうど痛いところ全てに、りおんの柔らかい体が当たる。
「ぎゃあぁぁぁっ! 離れて、りおん!」
「嫌だよ! もう絶対離れないもん!」
「もー! りお姉ったらいい加減にしてよ! いくらバカ兄貴でも本当に死んじゃうじゃないの!」
ほみかは、僕にへばりつくりおんを無理やり引き剥がした。
「……まったく。お二人は相変わらず騒々しいですね。それより神奈月さん。見舞い品にお菓子を買ってきました。安物ですけどね。よかったら食べてください」
(……海外から、神奈月さんのためだけに取り寄せた、高級な洋菓子です。神奈月さんのお口に合えばいいのですけど)
と、アリサさんが紙袋の中からお洒落なパッケージの箱を取り出すと、
「白輝さん! 勝手なことしないでください! 透ちゃんの看病するのはわたしの役目なんですから!」
「あ、あたしはバカ兄貴のお世話なんて面倒くさいから嫌だけど、一応家族だから……世話を焼く義務があるのよ!」
たちまち、けん制をするりおんとほみか。
僕は頭を抱えて、大きくため息をついた。
「あれ? 透ちゃんどうしたの? ため息なんかついて。まさか、傷口でも傷むの!?」
(ちょっと弱ってる状態の透ちゃんもいいなあ……。介護欲がそそられるよお)
「バカ兄貴ったら、軟弱すぎなのよ。日ごろから鍛えておかないから、こういう時に苦労するのよ?」
(お兄ちゃんごめんなさい! ほみかのせいでこうなったのに……)
「う……そう言われたら返す言葉がないけど……。ていうかほみか、口調元に戻ってない?」
僕は、乱暴なほみかの口調を指摘した。
「え……? そ、そう?」
「うん。最初お見舞いにきてくれた時なんか、僕に抱きついて『お兄ちゃああああああああん!』とか、『好き好き大好き』なんて言ってくれたのに。――やっと素直になってくれたんだなって、お兄ちゃんは感激してたんだよ。これでようやくほみかも、女の子らしくなってくれたんだって」
聞いていたほみかは、顔を真っ赤にしてわめき立てた。
「ふ……ふざけんじゃないわよ! デ、デタラメよデタラメ! こいつの言ってること、ぜーんぶデタラメ! このあたしが、『お兄ちゃん』なんて呼ぶわけないでしょうが!」
(ううぅ~。何だか知らないけど、元に戻っちゃった。りお姉やアリサさんもお兄ちゃんのお見舞いに来るって聞いて、とたんに恥ずかしくなっちゃったの)
「そうなんだ。まあ、僕も意識を取り戻したばかりで、気が動転してたのかもしれないね。悪かったよ、ほみか」
僕はそう答えながらも、頭の中で疑問を抱えていた。
――ほみかのデレ期が終わり、またツン期に戻っている。
心の声がまた聞こえるようになったのが、その証拠だ。
だとしたら、次のデレ期はいつ……?
そして、そのきっかけとなるものとは一体……?
「神奈月さんとほみかさん……私たちの知らない間に、何かあったんですか?」
アリサさんは僕とほみかを怪しむように見ながら言った。
僕とほみかの間に緊張が走った。
僕の能力のことは、りおんやアリサさんには秘密にしている。話したのはほみかだけだ。二人には悪いが、これ以上秘密をバラしたくなかったから。
「べ、別になにも……。ね、ほみか?」
「そ、そうよ……。バカ兄貴となんて、なんにもないわよ」
僕がたどたどしく言うと、ほみかも、どもりながら答えた。
その様子を見て、りおんが叫ぶ。
「あーっ! もしかしてほみかちゃん、抜け駆けしたんじゃないでしょうね!」
「し……してないし! ていうか、兄妹なのに抜け駆けってなによ! 意味わかんないし!」
ほみかも叫び返すと、二人はにらみ合いになった。
「抜け駆けは抜け駆けだよ! そんなの絶対許さないからね!」
「……はあ!? りお姉にだけは言われたくないし!」
「ほみかちゃんこそ、妹という立場を利用して透ちゃんに三日三晩の看病をして! 役得すぎるよ!」
「な、何よ役得って! バカ兄貴の看病することのどこが役得なのよ!」
「透ちゃんが寝てるすきに、あんなことやこんなこと……って。恥ずかしい! なにを言わせるの!」
「なんにも言わせてないし! ……ていうか、病院の中で何しれっと下ネタ挟んできてんのよ! この色情魔!」
「色情魔じゃないもん! わたしの透ちゃんに対する愛はプラトニックだもん!」
「どこがプラトニックなのよ。っていうか、りお姉。あたしやバカ兄貴にあんなことしといて、まだそんな迫り方してくんの!?」
「立ち直り早いことがわたしの良いところなの!」
「ぜんっぜん良いところじゃないし! むしろ、もうちょっと反省しなさいよ!」
大声で口喧嘩を始めるほみかとりおん。
「ちょっと、二人とも、落ちついて……」
僕が二人をなだめようとした時。
「……神奈月さん、お口開けてください」
「えっ? ……むぐっ」
突然アリサさんが、僕の口の中にお菓子を入れてきた。
思わず咀嚼してしまう。
ビスケットのような、クッキーのような。
バターの香りが高く、食感もサクサクして美味しかった。
僕がお菓子を飲み込んだ直後――
ほみかとりおんの顔色が変わった。
「…………!!」
しかしアリサさんは、そんなことは露知らずとばかりに、ポケットからハンカチを取り出し、
「……ほら、口元汚れてますよ。しょうのない人ですね」
(……お菓子をこぼす神奈月さんかわいいです)
そう言うと、僕の口周りをハンカチでぬぐった。
「ご、ごめん。面倒かけるね、アリサさん」
「……いいんですよ、神奈月さん。なんでも仰ってください。私、神奈月さんのためなら何でもしちゃいますから」
そう言って、ニコッと微笑むアリサさん。
その瞬間、横目で見ていたほみかとりおんが、同時に叫び声を上げた。
「な、ななななにやってんのよっ!! 二人ともそんなに顔近づけて!」
ほみかはアリサさんが持つお菓子の箱を取り上げると、僕に向き直って、
「いいわよ! 別に白輝さんが気を使わなくったって! こういうのは家族でやるもんなんだから! あたしがやりたいんじゃなくって、仕方なくよ!」
言って、ほみかはお菓子を数枚つかむと、一気に僕の口に入れた。
「むぐっ……!」
口の中がお菓子でいっぱいになり、僕は慌てて噛み砕こうとする。
ほみか、食べさせてくれるのはありがたいけど、量が多いよ……。
なんとか飲み下したところで、今度はりおんが前に乗り出す。
「透ちゃん! 今度はわたし! わたしが『あーん』してあげる!」
(……なんなら、口移しでもいいんだよ?)
と言われるが、僕はすでにフラフラだった。
――りおんのヤンデレ病も、完治してる様子はない。
りおんだけじゃなくて、ほみかや、アリサさんも……。
僕は、このまま無事退院できるのか?
今後この三人と、うまく付き合っていけるのか!?
僕がそんなことを考えていると、三人は一斉に身を乗り出した。
「バカ兄貴! あたしよね!? 可愛い妹のあたしを選ぶのよね!?」
(ねえ、お兄ちゃん? ほみかの声聞いてるよね? お兄ちゃん好き、大好き! もう気持ちが抑えられないの! りお姉やアリサさんには、絶対渡さないんだから!)
「透ちゃん! わたしのことを選んでくれるよね! 選ばなかったらぷんぷんだよ!」
(透ちゃん透ちゃん透ちゃん透ちゃん透ちゃん透ちゃん透ちゃん透ちゃん透ちゃん透ちゃん透ちゃん透ち透ちゃん透ちゃん透ちゃん透ちゃん愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる)
「……神奈月さん、わたしじゃ駄目なんですか? わたしは、選んでくれないんですか?」
(……好き、です。できれば、ずっと一緒に……)
ほみかとりおんとアリサさんはベッドに手をついて、僕を問い詰めた。
「い、いや、三人とも、少し冷静になって……」
僕はアプローチしてくる三人をなだめながら、頭の中でこう思った。
――僕だけに聞こえる彼女達の本音がデレデレすぎてヤバい!




