51「あのこと。いつになったら、ほみかちゃんに言うの?」
そんなに長く寝たつもりはなかったのだが、やはり疲労がたまっていたらしい。気がつくと日は大分傾き、時刻は夕方になっていた。
ベッドから起きると、既にほみかはいなくなっていた。代わりに、
「あら、起きたのね。透」
母さんがいた。仕事帰りだろうか、レディーススーツを着て、パイプ椅子に座っていた。母さんは、お皿の上でリンゴの皮をむいていた。サイドテーブルの上には、花が生けてある。
「どう? 具合は?」
母さんは気さくに尋ねた。ほみかから僕の容態は聞いてるらしい、重症ではないことを知って、安心してるらしかった。
「大丈夫だよ。それより、僕はいつまで入院しなきゃいけないの?」
僕は不安な気持ちで聞いた。もし全治三ヵ月などと言われたら、夏休みを棒に振ってしまうからだ。
「全治四週間。よかったわね。夏休みには間に合うわよ」
母さんは僕の不安を見抜いたのか、微笑みながら言った。
「ただ」
母さんは低い声を出して目を細めた。
「それは絶対安静にしていた場合の話。頚椎捻挫と全身打撲してるんだからね。あんた、大人しい顔してすぐ無茶するんだから」
返す言葉もない。僕はうっと言葉を詰まらせた。
「今度無理したら、次は助からないものと思いなさい。いいわね?」
母さんは、僕の目をじっと見つめて言った。
「はい……」
「よろしい」
母さんはそう言うと、リンゴの皮むきを再開した。
「ほみかちゃんね」
「うん」
「なんかやけに素直になってたけど、どうしたの?」
「ああ。ツンデレ病、治ったんだよ」
「え、ほんとに?」
母さんが身を乗り出した。
「……っていうのは嘘だけど。でも、デレ期はきてるらしいよ」
母さんの顔が曇った。
「昔本で読んだことがあるんだけど、ツン期とデレ期は交互にやってくるらしいよ。つまり、今のデレ期は一時的なもので、しばらくしたらまたツン期に戻るってことだね」
僕がそう言うと、母さんは気落ちした表情で、「なあんだ」とため息をついた。
母さんにとっては、複雑な心境なのだろう。
僕とほみかが仲直りしたことは嬉しく思うが、ツンデレ病が治ったわけではないことは残念に思う。そんなところだろう。
それからしばらく、僕は母さんとたわいのない話をしていた。
特に交通事故での入院だと、公欠扱いにならないと聞いた時は驚愕した。てっきり公欠になるものとばっかり思ってたから。どうやら百%運転手の過失でも、記録上は欠席扱いになるらしい。
まあ、欠席になってしまったものは仕方がない。勉強が遅れてしまった分も、夏休みの間に取り戻せばいい。ほみかのツンデレ病も、少しずつ治していけばいい。
そんな話をしていた時だった。会社の上司の悪口で盛り上がっていた母さんの笑いが、止まった。そして、真剣な表情で僕を見た。
「ねえ、透」
「何?」
急に重い口調になったので、僕も少し真面目な声で返事をした。
「あのこと。いつになったら、ほみかちゃんに言うの?」
「あのことって……?」
僕がそう尋ねると、母さんは真っ直ぐ僕を見つめて言った。
「ほみかちゃんとあなた、実は血が繋がってないことをよ」




