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僕だけに聞こえる彼女達の本音がデレデレすぎてヤバい!  作者: 寝坊助
デレ1~妹と幼馴染のバトルがヤバい!~
50/217

50「お兄ちゃん、大好き♡」

 僕は目を開けた。視界に入ってきたのはお花畑でも三途の川でもない、普通の天井だった。

 匂いを確かめると消毒液の匂いがする。視線を動かすと、僕は真っ白なベッドの上に横になっていた。どうやらここは病院らしい。


 視線を横に向けると、パイプ椅子に座るほみかの姿があった。

 僕が横たわるシーツの上に顔を乗せて眠りこけている。


「……ほみか」


 ボソリと呟いた。

 すると、ほみかはビクン、と跳ね起き、僕を見た。

 

「お、お、お……」


「おはよう、ほみか」


「おにいちゃああああああああああああああああああああん!」


 ほみかは、ガバッと僕に抱きついてきた。ほみかの手が、傷口に触れる。僕はあまりの痛さに顔をしかめた。


「ほ、ほみか! 痛い、痛い!」


「あっ! ごめん、お兄ちゃん!」


 そう言うと、ほみかは申し訳なさそうな顔をしながら僕から離れた。


「ご、ごめんね、お兄ちゃん。ほみか、つい嬉しくて……」


「い、いや、いいんだよ。それよりさ……」


「? ……なに? お兄ちゃん」


「ほみか、口調変わってない?」


 僕がそう指摘すると、ほみかはキョトンとした。


「だって、今までだったら、『なによ心配かけさせやがって、このバカ兄貴がー!』とか、『ようやく目を覚ましやがったわねこの死にぞこないがー!』とか言うはずなのに……」


「……うう、ほみか、わかんない。気がついたら、こんなんなってた」


 ほみかは、気まずそうに目を伏せ、体をもじもじさせた。

 その様子を見て、僕はハッとした。


 ――昔、本で読んだことがある。

 ツンデレ病には、「デレ期」というものがあると。

 想いを寄せる異性に素っ気ない態度をとる期間が「ツン期」、ある特定の条件化で好意を隠さずイチャイチャしだす期間が「デレ期」。

 今のほみかが、その「デレ期」なのだ。


 眉唾物の話だとは思っていたが、実際にほみかのこんなしおらしい態度を見せ付けられると、納得せざるをえなかった。

 普段のツンがきついため、デレた時の破壊力が凄い。

 もちろん、本音ではいつもデレデレだったのだが。

 心の声よりも、こうして態度に出してくれた方が何倍も嬉しかった。僕がツンデレ病のことを説明すると、ほみかは半分驚き、半分は納得したように唸った。


「そうなんだ。『ツン期』と『デレ期』が……。それで、今のほみかは『デレ期』なんだね? それで、こんな素直にお兄ちゃんと会話できるんだ」


「ああ、おそらくね」


「そっかあ、デレ期、デレ期かあ……」


 ほみかは何度も復唱すると、嬉しそうに僕を見た。


「お兄ちゃん、大好き♡」


「……はい?」


「お兄ちゃん大好き♡ 世界で一番好き♡♡ もうお兄ちゃんなしの人生なんて考えられない♡♡♡ そう思えるくらい、ほみかはお兄ちゃんのことがだーいすき♡♡♡♡」


 ハートマークいっぱいに言うほみか。僕がその変貌っぷりに戸惑っていると、ほみかは笑顔で僕を見つめながら言った。


「……今まで言えなかった分、たくさん言うことにしたの! お兄ちゃん、大好きだよ!」


「あ、ああ。それはありがとう」


「だってさ」


 笑顔だったほみかの表情が曇る。


「デレ期があるってことは、またツン期に戻るってことでしょ? そしたらまた、お兄ちゃんに生意気なこと言って困らせることになる。だからそのまえに、いっぱいお兄ちゃんに気持ち伝えとくの。ほみかの本当の声で」


「……そっか」


 デレ期はあくまで一時的なもの、と本に書いてあった気がする。

 ホッとしたような、ガッカリしたような。複雑な心境だ。

 僕は話題を変えようと別の質問をした。


「ところで、今何時? 僕は何時間くらい眠ってたの?」


「お昼の一時だけど……。何時間なんてもんじゃないよ。お兄ちゃんは三日間も入院してたんだよ?」


 目に涙を浮かべながら、ほみかは答えた。


「死んだように眠ってたんだから。もうほみか、心配で、心配で……」


 ほみかはぐずりだし、目からは涙が零れ落ちそうになっていた。僕はあわてて、


「ご、ごめん! でも、もう大丈夫だから」


「それなら……いいんだけどさ」


 そう言うと、ほみかは指で涙をぬぐった。


「本当によかったよ。お兄ちゃんが無事で。お兄ちゃんが死んだら、ほみかも後を追うところだった」


「またそういう……」


 言いかけて、僕はふと気づいた。

 ほみかの目の下には、隈があった。心なしか、頬も少し痩せこけている。ろくに寝てないのか、衰弱してるのは間違いないようだった。まさかと思うが、この三日間、つきっきりで僕の看病してくれていたのだろうか。

 いや、おそらくそうなんだろう。

 心の声を聞かなくてもわかる。だってほみかは、そういう奴だから。


「……?」

 

 ほみかは、僕の言葉の続きを待っているようだった。

 僕は気恥ずかしくなって、思ってたことと全く違うことを言ってしまった。


「……ねえ、ほみか」


「うん?」


「本当にごめんね。心が読めること、秘密にしてて……」


「ああ、そのこと?」


 ほみかはそう言うと、椅子から立ち上がった。

 そしてカーテンを揺らし、窓を開けた。すぐ外には公園があった。緑が生い茂る芝生。池には鯉が泳いでいた。初夏の香りが、鼻腔をくすぐる。新鮮で爽やかな空気は、何年ぶりみたいに美味しく感じられた。

 

 公園か。思えば僕が共感性症候群に目覚めたのも、公園だった。

 あれからほみかと、普通の会話が出来るようになるまで、ずいぶん時間がかかったものだ。

 ほみかもそう思ったのかもしれない。

 彼女は窓枠に腰掛けるとこう言った。


「いいんだよ。ほみかの本当の気持ち、知ってくれて嬉しかったし」


 ほみかは笑った。まぶしい、満面の笑顔だ。

 ほみかのこんな顔、久しぶりに見た。


「あ、いっけない!」


 突然ほみかは、大きな声を上げた。


「お母さんにこのこと、言うの忘れてた!」


「母さん?」


「うん。お兄ちゃんの目が覚めたら、すぐに連絡を入れるよう言われてたの! 本当はお母さんも付き添いしたかったらしいけど、流石に何日も会社休ませるわけにはいかないでしょ?」


「……ああ、そうだね。じゃあ、連絡してきてくれる?」


「うん、病院の中は携帯禁止だから、外に行ってかけてくるね!」


 ほみかはそう言うと、扉に手をかけた。


「お兄ちゃんは、ゆっくり休んでていいからね?」


「うん。お言葉に甘えて、少し寝させてもらうよ」


「あ……その前に」


 ほみかは振り向くと、僕の前まで小走りで近寄ってきた。


「ほみか……?」


 僕が名前を呼ぶ、その一瞬の隙に――。

 唇が触れた。

 しっとりとして柔らかい感触と、ほんのりとした温かさ。

 どれだけの間、そうしていただろうか。もしかしたら、数秒のことだったかもしれない。ともかく、ほみかは僕から唇を離すと、


「じゃあ、行ってきます! 愛してるよ、お兄ちゃん♡♡」


 それだけ言い残して、ほみかは病室を去っていた。

 室内には僕一人が取り残された。


「…………」


 唇には、まだキスの余韻が残っていた。

 ほみかの柔らかさ、甘さ、温かさ。

 僕はそれらを指でそっとなぞると、布団をかぶって寝ることにした。


 頭が冴えて、到底眠れそうになかったが。

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