49「なにやってんの? 早く戻りなさいよ。バカ兄貴」
僕はゆっくりと暗闇の中を歩いていた。
ああ、ここが死後の世界なんだな、と何となく気づいた。どうやら死んでしまったらしい。不思議と、恐怖は感じなかった。不快感もない。むしろ、熟睡してる時のような心地よさに包まれていた。
夢遊病者のように、フラフラと僕は闇の中を歩いていく。
すると、突然光の渦に飲み込まれた。
逃げ出す余裕もなく、僕は光の中に落ちていく。そこは、地獄でも天国でも異世界でもなく、よく見知った我が家だった。
家の前で立ち尽くす僕の後ろで、声が聞こえた。
ごらん とおる あれが あたらしいおうちだよ
振り向くと、若い男が、小さな少年と手を繋いで立っていた。どうやら親子のようだ。二人は僕の体を通り過ぎて家の中に入っていく。僕はなぜか、存在を認識されないらしい。
やがて視界はぼやけ、今度はリビングの光景が映し出される。これまた見覚えのある風景。まだ新しいテーブル。
そこに四人の家族が、仲睦まじそうに座っていた。
一人の女の子をのぞいて。
プイッと横を向いているので、顔はわからない。周りの家族が談笑してる中、彼女だけは不機嫌そうに、そっぽを向いていた。
少女以外の笑い声が、室内に反響する。僕は呆然としながら、その光景を後ろから見ていた。
少年は、少女のことが気になるみたいだった。
少年が視線を向ける。少女がそれに気づいて目を逸らす。その繰り返しだ。
ジーッという音が聞こえ、視界が暗くなってきた。古いビデオテープの映像のような、ノイズが入る。僕が今まで見ていた景色が、だんだんと見えづらくなる。
世界はやがて色を失い、ボロボロに朽ちようとしていた。すると、そっぽを向いていた少女が、ふいに僕の方を向き、
――なにやってんの? 早く戻りなさいよ。バカ兄貴――。
僕は突然のことに言葉を詰まらせた。
――ここは、あんたがいるべきところじゃないんだから――。
ほみかは、僕の顔を睨みつけながら言った。すでに父さんも母さんも家もなくなっていて、辺りはまた空虚な闇に包まれていた。ぽつん、と取り残された僕に、ほみかは蔑むように言った。
――戻りなさいよ。あたしはまだ、約束守ってもらってないんだからね――。
そう言い残すとほみかは、クルリときびすを返し、僕から離れていった。
だんだんと、ほみかの背中が小さくなり、闇の渦に飲み込まれようとしていた。
僕は咄嗟に、手を伸ばした。
「ほみかっ!」
そして、僕は――。




