48『だいじょうぶ。ぼくはしんだりしないから……』
ドン! という大きな音が聞こえた。
それが自分の頭から出た音だとは、すぐには気づけなかった。立ち上がることは出来なかった。神経が麻痺してるのか、手足の感覚が鈍い。額からはドクドクと血が流れ出ている。
痛みはなかった。ただ猛烈に眠かっただけで。
疲れて眠る翌朝の倦怠感。それに似ていた。
僕は、何が起こってるのかすぐには分からなかった。ただ耳元に、ほみかの叫び声が聞こえる。
『あにき! おきて! おきて!』
グラグラと、体が揺さぶられる。
心配そうに僕を覗き込むほみかの顔が映った。
なんで、そんなに心配そうにしてるんだろう。
そう思い、起き上がろうとした時だった。
ズキンと、頭の芯まで痛みが響いた。僕は体から力を抜き、地面に横たわった。
『ぐ……あぁ……』
言葉は出なかった。出てきたのは、うめき声だけだった。
ああ、そうだ。思い出した。
僕は、ほみかに頼まれて猫を助けようとして。
そして、木の上から落ちたんだ。
だからほみかは、こんな悲しそうな顔をしているんだ。
『あにき、だいじょうぶ? しんじゃだめだよ。しんだら、ゆるさないからぁ!』
ほみかは、泣きながら叫んでいる。
死ぬ? ……どうして?
そんな顔してるほみかを残して、死ぬわけないじゃないか。
『あたし、あにきに言いたいことがいっぱいあるの。いままで言えなかったこと。それきくまで、しぬなんてぜったいダメ!』
言いたいこと?
なんだろうか、恨み事なら思い当たる節が山ほどあるが。
『だいじょうぶ。ぼくはしんだりしないから……』
割れるような頭の痛みに耐え、僕は言った。
ほみかに言いたいことがあるなら、僕にだって言いたい事がある。
それを言う前に、死んでたまるか。
『あにき、からだだけはじょうぶだもんね』
ほみかは鼻をぐずりながら言った。
心なしか、声が少し震えてるように聞こえる。
『あたまいたい? ちょっとまってね。いま、きゅうきゅうしゃくるから!』
意識が朦朧としてきた僕を見て、ほみかは、懸命に僕に呼びかけている。
なんだろうな。そんな必死だと、まるで僕死にそうな人みたいじゃないか。
『けんこうだけがとりえのあにきが、しぬわけないんだから』
ああ、眠い。
『げんきになったら、いっしょにぶらんこであそんであげてもいいわよ』
ああ、眠い。
『……ねえ、なんかしゃべってよ! むししないでよ! ばかあにきのくせに!』
わあっと、ほみかは僕のお腹に泣きついてきた。
なんで泣いてるんだろうか。なんでそんなに悲しそうなんだろうか。もう思考がろくに働かない。
『なによ! しんだふりすんな! ほんとはなんともないんでしょ! はいおしまい! ゆるしてあげるから、おきて!』
おかしいな。こんなに大声で叫ばれてるのに、ちっとも耳に入ってこない。僕の体は、聴覚を失ってきているのだろうか。そういえば、人間の五感で一番最後に無くなるのが、聴覚だと聞いたことがある。
まぶたが段々重くなってきた。僕は死ぬのだろうか。
もうほみかの声を聞くことはできないのだろうか。
『しんじゃだめ。しんじゃだめ。しんじゃだめ。しんじゃだめぇ!』
その言葉が最後だった。
その言葉が聞こえたのを最後に、僕は意識を失った。




