46『ねえ、おねがい。ねこちゃん、助けてあげてよ』
――夢を見た。
そう、あれは今から七年前のことだった。
僕がまだ十歳の頃。
ほみかはその時からツンデレ病にかかっていて、僕に対して反抗したり、悪口を言ったり、噛み付いてきたりするのは日常茶飯事だった。
誰にも相談する気はなかった。
新しくできた父さんにも、迷惑はかけたくなかった。
だから僕は、自分の力でほみかと仲良くなることを決めた。
『ねえ、ほみか。いっしょにこうえんに行こうよ』
僕は出来るだけ刺激しないように、優しく言った。しかしほみかには、それが通じなかったらしく、
『いやよ。あんたなんかと行きたくない』
ほみかは、プイッと横を向きながら答えた。こんなことは毎日のことだったので、僕は怒る気すらしなかった。
僕はただ、ほみかと仲良くなりたかった。
新しくできた家族だから。新しくできた妹だから。
その時の僕は、とにかく目まぐるしく変わる環境に必死で慣れようとしていた。そのためには、絶対ほみかと仲良くなる必要がある。そう感じたのだった。しかしほみかは、まるでトゲだらけのハリネズミみたいだった。僕に対して打ち解けることはなく、むしろずっと威嚇してるような状態だったのだ。
『まあまあ、いいじゃないか。ほみか。お兄ちゃんと一緒に行ってきなさい』
そんな時、便宜をはかってくれたのが父さんだった。父さんは僕に対して優しかった。記憶の底まで掘り起こしてみると、いつも父さんは僕を見守ってくれてたように思う――それが義務だったとしても。
とにかく、そんな父のはからいで、僕とほみかは公園まできていた。ほみかの機嫌はすっかり悪くなっていて、帰りたそうに顔をしかめていたが。
緑の多い公園だった。芝生や花壇、木々など。自然が豊かな公園なので、僕はとても気にいっている。
だから、ほみかを連れてくれば、一緒に楽しめる自信はあった。しかしほみかは、僕と遊ぶどころか、目もろくに合わせようとしなかった。
この時の僕は、自分に何か悪い点があって、それでほみかに嫌われてると思っていた。
砂場でお城を作ろうと言っても、一緒にブランコを漕ごうと言っても断られた。
『よごれるから、あんた一人でやりなよ』
ほみかはそう言って、ベンチに座った。
僕は仕方なく、自分一人で遊ぶことにした。
独りで遊ぶことは慣れてる、寂しくはない。
しばらくの間、僕はジャングルジムをくぐったり登ったりしていた。体力はあるので、鉄パイプにぶら下がったり、よじ登ったりは得意だ。運動神経を見せ付けてほみかの気を引く算段もあった。
しかしほみかは、僕のことを全く見ていなかった。いや、それはいつものことなのだが。まるで、別の何かに見入っているような。僕はほみかの近くまで走り、理由を聞いた。
『ねこ、いる。ほら、あそこ』
ほみかは一つの木を指差した。僕はその方向を見ると、子猫が木の枝に爪を引っ掛けたまま、降りられなくなってるのが見えた。
『た、たいへんだ。ぼく、父さんをよんでくるよ』
僕がそう言って家に戻ろうとすると、ほみかは僕の腕をつかんで、
『だめ! それじゃ間に合わないじゃん! おとうさん、あんまりうんどーしんけい良くないし! あにき助けてあげてよ! 木のぼりとくいなんでしょ!?』
ほみかは、上目遣いに僕の顔を見ながらお願いをした。大きな瞳を潤ませながら、食い入るように僕を見つめている。
僕は、顔がカーッと熱くなってしまった。
ほみかは、僕を見つめたままで言った。
『ねえ、おねがい。ねこちゃん、助けてあげてよ』
『……ほみかが、ぼくにおねがい?』
『うん。あにきしか、たよれる人いないから』
『じゃあ、やる!』
僕はそう言うと、一目散に木をよじ登った。
子供の身の丈では、まるで天まで届く巨木に見えたが、それでも構わなかった。
なぜならそれが、ほみかが僕にした最初のお願いだったからだ。




