45「ほみか。大好きだよ」
僕は、ほみかを追いかけた。
「ほみか、待って!」
自分でも、都合のいいことをしてるのは分かってる。
散々人の気持ちを勝手に盗み見といて、今更言い訳をさせろというのは、都合が良すぎる。
「僕は、ほみかのことを騙す気なんてなかった! それだけは信じてくれ!」
「……っ!」
ほみかは少しだけ走るスピードを緩めたが、止まることはしなかった。
ほみかは小路を抜けて狭い路地裏に向かう。
日も落ちているので、辺りに人の姿はなかった。
「……バカにしないでよ!」
唐突にほみかは叫んだ。
「子供の頃からそうだったんでしょ! あたしが何考えてんのか、全部知ってた! 知った上で知らないふりして、あたしのことあざ笑ってたんでしょ!」
(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! ほみかがお兄ちゃんラブなことも、全部知られてたなんて!)
「……違う」
「今までのことは、ぜーんぶ茶番だったってわけね! とんだピエロだわ!」
(このままじゃほみか、お兄ちゃんの顔見て生活できないよ!)
「違う!」
僕は、ほみかの力の限り走って、ほみかに近づいた。
そのまま、ほみかの腕を掴む。
ほみかは、ようやく止まってくれた。道幅の狭い路地。周りには、僕たち以外誰もいなかった。
「……ねえ、バカ兄貴」
(……ねえ、お兄ちゃん)
ふいに、ほみかが呟いた。
「あたしが今何考えてるのかも、バカ兄貴は知ってるんでしょ?」
(心が読めることなんかより、ほみかはお兄ちゃんが嘘をついてたこと。それが悲しいの)
「……うん。知ってる」
僕は、短く答えた。今更隠し事をすることなんか、何もない。
僕にはもう、真実を語ることしか出来ないのだから。
「じゃあ、どうしてそんな力があるって隠してたの?」
「それは……」
「ね? あんたは今まであたしに黙ってたでしょ? で、バレそうになったし自分からバラした。逆に言えば、バレない限りいつまでもあたし達を騙し続けてたってことよ! この先も、ずーっとね! あんたは嘘つきよ! 嘘つきの言うことなんか、信じられるもんか!」
溜まっていた感情を全て吐き出すかのように、ほみかは一辺にまくし立てた。
もう、何を言ってもほみかには届かないだろう。ほみかの言うことの方が正しいのだから。
「……そうだね。僕は嘘つきで、卑怯者だ」
だから僕は、全てを受け入れることにした。
「認めんのね、バカ兄貴」
「うん。僕は利己的な人間だ。自分のことしか考えてなかった」
僕は前髪をかき上げ、額を見せた。
「覚えてる? この額の傷。昔、ほみかと遊んでてついたものだ。この能力を得たのはその時からなんだ」
「な、なによ。今更そんなもの見せて……。つまり、あたしのせいって言いたいわけ?」
(ち、ちがうよ! 全部ほみかが悪いの! ほみかのせいでお兄ちゃんにそんな怪我を負わせて……本当にごめんなさい!)
ほみかは、ためらいがちに言った。
僕は、ほみかの顔をじっと見つめながら言葉をつむいだ。
「……ほみかは悪くないよ。全部僕が悪いんだ」
僕は頭を下げた。深々と。それ以外に、ほみかに気持ちを伝える方法が分からなかったからだ。
「い、今さら謝られたって……。あたしは、あんたを許すつもりはないわよ」
(許すよ! 確かに急なことだからビックリしたけど、ほみかの気持ち、お兄ちゃんに知ってもらえて嬉しいし!)
ほみかは、伏し目がちに言った。
どうやら、もう怒ってはいないらしい。
僕は、ほみかの前に向かって歩き出した。
「僕はね、ほみかの気持ちが知りたかったんだ。いつも嫌い嫌いって言われてたし。ずっと、ほみかに嫌われてるものだと思ってたから。でも、本心はそうじゃないってことが分かって。本当に嬉しかった」
「……うう」
「でも確かに、最初から全部言うべきだったね。本当にごめん」
僕は、ほみかの肩に手を回した。ほみかはビクッと体を震わせたが、拒むようなことはしなかった。
この力を得て、嫌なこともあった。聞きたくない声も、一杯あった。でもそれ以上に、一番知りたかった大事な人の本心を知れたこと。
それだけは良かったと、確かに言える。
「……ねえ、ほみか」
僕は、ほみかの体をギュッと抱きしめた。
体の柔らかさ、体温、心音が伝わってくる。
ほみかは、抵抗しなかった。されるがままになっている。
「なによ、バカ兄貴」
「前から一つだけ、言いたかったことがあるんだ」
「言いたいこと?」
そう、ずっと前から。子供の時からずーっと。言いたくても言えなかったこと。
「……な、なによ。言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさいよ」
しかし、僕は口を開くことが出来なかった。
まばゆい光が、ほみかの背中越しに向かってきていたからだ。
あれは――車――?
「バカ兄貴……?」
「ほみか、あぶない!」
とっさに、僕はほみかを突き飛ばした。ほみかはバランスを崩し地面に倒れる。僕はほみかから距離を取ったことを確認すると、前を見た。
車は、目前にまで迫ってきていた。ヘッドライトが顔を照らす。それはまるで、襲い掛かる獰猛な獣のようにも見えた。
避ける暇もなかった。つんざくような音が聞こえる。どうやら急ブレーキをかけようとしたらしい。
しかし間に合わず、車は僕に衝突した。
全身が叩きつけられ、衝撃が走る。
体が、宙に浮く。
地面に落下するコンマ数秒の刹那、僕はほみかに、どうしても言えなかったことを言うことにした。
ほみか。大好きだよ。




