43「そうだよ。僕には――人の心が読めるんだ」
放課後になり、僕は帰路についていた。
茜色した空は地平線の先まで続いている。日が傾きかけ、トマト色した朱色から薄い紫に変わろうとしていた。
もうほみかは帰ってる頃だろう。僕はそう考えながら、鍵を開けて家に入った。
「やあ。ただいま、ほみか」
予想通り、ほみかは先に帰っていた。制服姿のまま、リビングでテレビを眺めていた。ほみかは僕を見ると、スッと立ち上がった。
「……バカ兄貴。聞きたいことがあるの」
そう言うと、真剣な顔で僕に向き直った。覚悟を決めたような、少し怯えも混じった目で、僕を見つめている。
「なんだよ、あらたまって。それより母さんは?」
見ると、いつもならもう帰ってきてるはずの母さんがいない。
ほみかは、ブルブルと首を横に振った。
「今日は、残業で遅くなるんだって」
「へえ、そうなんだ。OLも大変だね」
そう言いながらも、僕はホッとしていた。
できれば母さんには、聞かれたくない。
「最近増えてるらしいね。ブラック企業の残業問題。まあ、母さんの会社はたまにしか無いからまだいいんだけどさ」
「そうね。大変ね」
「本当に、もう大問題だと思うよ。母さんは母子家庭だからまだ見逃されてる方だけど。過労死してる人も少なからずいるからね。このままだと……」
「バカ兄貴」
僕がそこまで言うと、ほみかは僕の言葉を遮った。
「な、なに?」
僕は、ほみかの顔を見た。ほみかはうつむいている。僕にはそれが、壊れたおもちゃを見せにくる子供のように見えた。
「……昔っから、だったよね。バカ兄貴はいつも、あたしの言いたいことをわかってくれた。空気が読めるっていうのかな? ほんと、子供のころから生意気なくらい気が利いてたよね」
小さな声で、ほみかは淡々と語った。
「本当に、漫画みたいな、下らない話なんだ。だから、違うなら違うって、笑い飛ばしてほしいんだけど……」
ほみかは、顔を上げた。
「ねえ、答えて、兄貴。兄貴には、人の心が読めるの!?」
「――!」
ほみかは、真っ直ぐに僕を見つめている。
僕は前髪をかきわけ、額の傷に触れた。
かつて、ほみかを守るためについた、僕の勲章だ。
――そう。これは、隠すようなことじゃないんだ……。
「あ、兄貴……?」
「やっぱり、かなわないな。ほみかには」
僕はフッ……と笑い、そしてほみかに向き直って、キッパリと言った。
「そうだよ。僕には――僕には、人の心が読めるんだ」




