42「……負けませんからね」
と、いうわけで。僕とアリサさんはいつもの裏庭に来ていた。
やはり空はどんよりとしていたが。
「……食欲ないんですか?」
ふいに、アリサさんが言った。どうやら、箸が動いてないのを気にしたらしい。
「ああ、いや、そんなことないよ」
僕は笑って誤魔化した。本当は、ほみかのことをずっと気にしていたのだが。
どうにも食指が動かない。僕は箸を置くと、ペットボトルのお茶を飲んだ。
ほみかには説明の必要がある。どこからどこまでを、という線引きはあるが。超能力があるなんて信じてもらえるかも怪しかったし、何より僕が話したくない。
しかし、話してしまいたいという欲求もある。ほみかは、僕のたった一人の妹なのだ。隠し事はよくない。それが例えほみかを傷つけることでも。話して、隠していたことを全てあやまろう。
そうは思うのだが……。そんなに簡単なことではなかった。人は誰でも、自分の気持ちを他人に知られたくないものだから。僕は特に、愛情や憎悪など、もっとも知られたくない感情を知ってしまうのだ。
アリサさんはしばらく僕の横顔を無言で見つめていたが、突然口を開くと、
「……妹さんと喧嘩でもしたんですか?」
「ぶはっ!」
飲んでいたお茶を、吹き出してしまった。器官がつまり、思わず咳き込んでしまう。そんな僕を見てアリサさんは、
「……きたないですね。女の子に液体をかけるなんて。あなた変態ですか?」
(……きたなくなんかないです。神奈月さんのなら、口移しでも飲めます)
そう言って、スカートの裾を手ではらった。
見ると、制服にも何滴かお茶が飛び散っていた。突然話しかけられてビックリしたからとはいえ、申し訳ないことをしてしまった。
あやまろうと思って僕が口を開こうとすると、
「……やっぱり、ほみかさんと何かあったんですね?」
アリサさんは真剣な表情で僕に向き直っていた。
「い、いや……。別にそんなことは」
僕はアリサさんの言葉を慌てて否定した。
今朝の母さんといい、僕はそんなに気持ちが顔に出やすいんだろうか。
「……嘘です。さっきからずっと考え事してましたよね? そういえば、今日もほみかさんとはお昼一緒じゃないみたいですけど」
痛いところを突いてくる。確かに避けられてるのか、ほみかを誘っても「友達と食べる」と言って相手にもしくれないのだ。
「……もう、バレバレです。喧嘩したんでしょう? ならそう言えばいいじゃないですか」
「……ごめん」
僕は頭を下げた。アリサさんは僕を見下ろしながら、
「……私で聞けることなら、相談に乗りますけど」
「えっ?」
「……いえ、ほら……クラスメートですし。一応は」
(……神奈月さんの力になりたいんです、少しでも)
そう言うと、アリサさんは白い頬を赤く染めた。
どうやら、アリサさんなりに心配してくれてるらしい。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな? 聞いてくれる?」
「……はい」
「もし仮にね? アリサさんに人に言えない秘密があったとして。大切な人に気づかれそうになったとしたら、それを打ち明ける?」
僕は、実に回りくどい言い方をした。やはり心が読めるなんてことは、アリサさんにはまだ打ち明けられない。というよりアリサさんの場合だと、ショック死しかねない。
「……そうですね。私なら、黙ってますね」
「あー……」
アリサさんの言葉に、僕は相槌を打った。
「やっぱり、アリサさんもそう思う?」
「……はい。真実を告げることが、必ずしもその人の為になるとは、限りませんから」
アリサさんの言っていることは、正論だ。嘘をつくことより、本当のことを言うほうが、相手を傷つける場合だってある。
「……ですが、こうも思います。私だけには、秘密を打ち明けてほしいと。幻滅するかもしれません。憎悪するかもしれません。それでも。辛い事実を告白されることより、本心をさらけ出してくれることの方が、私は嬉しく思います」
「そう、か。そうだね……」
実に青天の霹靂だった。というより、そんな発想はなかったと言っていい。そう、秘密を打ち明けるということ。そのこと自体が重要なのだ。
もちろん、誤魔化すことだって出来る。むしろそっちのほうが、お互いに幸せなのだ。しかし、ここで黙ってしまっていては、一生ほみかに隠し事をし続けることになる。
だったら、言うべきだ。
僕の秘密を。父さんにも母さんにも。今まで誰にも喋ったことのない秘密を、ほみかだけに。
「……神奈月さん? 大丈夫ですか?」
気づくと、アリサさんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「ああ、大丈夫。なんでもないよ。それより、ありがとう。おかげで答えが見えたよ」
「……私は何もしてないですよ。ただ私見を言っただけで……」
「その私見がヒントになったのさ。アリサさん、本当にありがとう」
僕は、再度お礼を述べた。
「……お礼を言われるほどのことはしてないですけどね。まあ、いいでしょう。ただ……」
「ただ……? なに?」
アリサさんは、僕の問いにフッと息をつき、
「……負けませんからね」
と、楽しそうに笑った。すごく綺麗な笑顔だった。
思わず負けてしまいそうなほどに。




