40「このままじゃ、兄妹の関係じゃいられなくなること」
朝。
目覚めると共に、僕は一階に下りて洗面所へと向かった。そこには既にほみかがいて、歯を磨いていた。
「「あ」」
視線が合う。
同時に、気まずい雰囲気が流れる。昨夜、ほみかにかけられた疑惑。僕の察しの良さに、不信感を持っているようだ。
思えば僕は、楽観視をしていたのかもしれない。人の心が読める以上、懐疑をかけられても、なんとでも誤魔化せるだろうと。しかし今直面してる問題は、僕にとって高すぎる壁だった。
「お、おはよう」
僕は、努めて明るくあいさつした。
「あ……う……」
しかしほみかは、急いでうがいを済ませると、急いでバタバタと洗面所から出て行った。
ほみかが立ち去ったあとで、僕は小さくため息をついた。
窓から差し込んでくる陽射しは相当暑い。じめじめして肌が汗ばんでくる。
それだけではなかったろうが。この憂鬱な気持ちの原因は。
「母さん、おはよう」
リビングに入り、テーブルについてる母さんにあいさつした。
「あら、透。おはよう」
母さんもあいさつを返す。テーブルにほみかの姿はなかった。
「ほみかは?」
僕が尋ねると、母さんはコーヒーを口にしながら言った。
「もう先に学校行ったわよ」
「そう……」
僕は力なく答えると、テーブルについた。
食欲がないので、パン一枚とコーヒーだけにしておく。
「あなた達、なにかあったの?」
母さんが聞いてくる。僕は驚いて、母さんの顔を見た。
ほみかは僕を避けるのは、ツンデレ病にかかってる以上仕方ないことなのだ。それでも尚、何かあったかと聞いてくるのは、僕やほみかの態度に、微妙な変化を感じたからに他ならない。
でも、僕はこの能力のことを誰にも言うつもりはなかった。こういう力が実際にあるとはいえ、異端な能力に変わりないのだ。能力があると分かれば、まわりから奇異な目で見られるだろう。まして心を読む能力と知られれば、人間関係もぎこちなくなる。だから僕はこの力を得た時から、生涯他言しないようにと決めていたのだ。
たとえ母さんにも、ほみかにも。それは、僕の弱さでもある。特にほみかには、この力のことを知られたくなかった。ほみかが普段何を考えているのか、僕に対してどういう思いを抱いているのか、僕は全て知ってしまっているのだから。
「なんでもないよ。いつもどおりだって」
僕は平静を装いながら言った。
僕の気持ちを汲み取ったのか、母さんはさらに聞いてきた。
「ほみかちゃん。ひどい顔色だったわ」
飲み終えたコーヒーをソーサーに戻しながら、母さんは言った。おそらく、心の中では僕たちの行き違いを全て見抜いているのだろう。
「あー、頭の怪我が痛むのかな? まだ何日か休ませた方がよかったかもね」
僕は頭をかきながらそう誤魔化した。本当の理由は、別にある。
「ねえ、透。あのこと、いつになったらほみかちゃんに話すの?」
ふいに、母さんはそう聞いた。
「なに、いきなり」
僕は、ギョッとした母さんの顔を見返した。母さんからこの話題を持ち出すことは、今までほとんどなかったからだ。
「私、そろそろほみかちゃんに本当のことを言ってもいいと思うの」
「なんでだよ。今さらそんな……」
「ねえ、透。あなたも気づいてるんでしょう?」
母さんは、真剣な口調で僕の言葉を遮った。
「このままじゃ、兄妹の関係じゃいられなくなること。だから、よく考えて」
兄妹の関係じゃいられなくなる。
その言葉を聞いた瞬間、リビングの中に緊張が走った。
僕は何も答えられずに、うつむくばかりだった。母さんも、これ以上は何も言ってはこなかった。食べかけのパンは、もうお腹に入りそうもなかった。
僕は、考えていた。ほみかとこれからどう接するべきか。どう向き直るべきか。
そして、本当のことを言うべきかどうか。




