39「ほみかは、僕に疑問を持っている」
僕はりおんを連れて家に帰った。
病院で巻いてもらった包帯の上に、ネットを被せている。しかし、怪我自体は大したことなかったらしい。脳挫傷や、くも膜下出血などの心配もないそうだ。
ほみかは、ベッドの上に座っていた。「全然大丈夫だから」と息巻いてたそうだが、母さんから寝てるよう強制されたらしい。ピンクのパジャマを着て、りおんの訪問を迎えてくれた。
「りお姉がお見舞いにきてくれるなんて。なんだか嬉しいな!」
ほみかは、無邪気な笑顔でそう言った。
「うん……。ごめんね、ほみかちゃん。急に押しかけちゃって」
りおんは対照的に、血の気がない病人のような顔だった。
「むしろ、こっちのほうこそゴメン。心配かけちゃったね」
「……! う、ううん。わたし、こ、そ」
りおんは震えながら、左手で右手をギュッと握りしめていた。それを見ながら僕は、りおんの心中を察した。おそらく、自分のしたことを後悔しているのだろう。そして、なおも明るく振舞うほみかを見て、責任を感じているんだろう。
「ほみか。今日はね。僕とりおんは、大事な話があってきたんだ」
そう言うと、ほみかは緊張した面持ちで僕を見た。
「えっ。な、なによ、バカ兄貴……。あらたまっちゃって。言いたいことがあるなら、さっさと言いなさいよ」
(えっ! えっ! なに!? もしかして、お兄ちゃんとりお姉つき合うの!? そういえば、約束の三日目って今日だよね!? だめだめだめ! そんなの絶対だめなんだからあああああああ!)
ほみかは心の中で見当はずれな妄想をしている。
「違うんだよ。実はね……」
僕は、チラリとりおんを見た。どうも僕からは言いにくい。
りおんは、僕の視線に気づいたようだ。まだ迷いはあったようだが、やがて意を決したように口を開いた。
「わたしから話すわ。ほみかちゃん。聞いてほしいの」
「う、うん……」
そしてりおんは、全てを語った。
ほみかのお弁当にお茶をかけたことがわざとだったこと。ほみかの靴の中に砂を入れたこと。階段から突き飛ばしたことも。まるで懺悔のように、自分が犯した罪を告白した。ほみかは辛そうな顔をしていたが、そんなに驚いてる風でもなかった。やはり、りおんのしたことだと見当はついてたらしい。
「……と、いうことなの。本当にごめんなさい!」
りおんは、懺悔を終えると頭を深々と下げた。僕はチラリとほみかを見たが、怒ってるような悲しんでるような、よくわからない表情だった。共感性症候群を使えば、ほみかの心が読めるが。僕はやめておいた。それは、彼女への冒涜だと思ったのだ。
ふいに、ほみかが口を開いた。
「りお姉……ひとつだけ聞かせて。りお姉は、今でもバカ兄貴のこと好きなの?」
「……! それ、は……」
りおんは言葉を詰まらせた。本音を言うなら、まだ僕への思いを捨てきれてないのだろう。簡単に諦められるような思いなら、あんなことはしなかったはずだ。
「答えて。バカ兄貴のこと、まだ好き?」
「ううん。もう……終わったことだから」
「本当に? 正直に答えて。嘘ついてたってすぐわかんだからね。嘘ついたら一生許さないから。もう一度だけ聞くよ。バカ兄貴のこと、好き?」
「わたし――」
りおんは慌てて答えた。
「やっぱり透ちゃんは、わたしなんかに相応しくない人だなって思う。わたしなんて全然子供だし、透ちゃんには、もっと大人な人のほうがいいと思うし……」
りおんは、あちこちに目を泳がせ、手をバタバタさせて言葉を紡いだ。まるで、オモチャを壊した子供が、大人にむかって言い訳をしているように。僕には、すぐ嘘だと気づいた。りおんは、ほみかのことを気遣って嘘をついていると。
しかし、僕は何も言わなかった。りおんにはりおんなりの思いがあるし、ほみかには、ほみかなりの考えがある。僕が口を挟んで、余計な邪魔をしたくなかった。
りおんは、なおも喋り続けた。
「……そうだよ。わたしにとって透ちゃんは、高嶺の花だったんだよ。もっと早くそれに気づけばよかったのにね。子供の頃からずっと一緒だったから、少し感覚が麻痺してたのかなあ? 透ちゃんにはほみかちゃんがいるし、わたしにだって……」
りおんの言葉は辿々しく、しまいには途切れ途切れになっていた。
「……だから、ね。でも……」
りおんは、その場に泣き崩れた。
「ごめんなさい……! わたし、透ちゃんのこと好き! 大好き! 愛してるの! 昔から! 今でも! いつだって! もう、透ちゃんしかいないの!」
それが、りおんの本心だった。堰を切ったように、ボロボロと涙を流している。
「許して……。許して、ほみかちゃん」
ほみかは、ベッドから立ち上がった。そのまま、りおんの正面まで歩く。手を、強く握りしめているのがわかる。
まさか――?
僕が一歩踏み出すよりも前に、ほみかは右手を高く上げた。
そして――――
「許すよ……りお姉」
ほみかはりおんを、力強く抱きしめた。
「りお姉が、バカ兄貴のこと好きじゃないなら、引っ叩いてたけど。こんなバカな兄貴のこと、好きになってくれたんだもん。だったら、許すよ」
ほみかは、りおんの体を抱きしめながら言った。今、やっとわかった気がする。ほみかがあえて、りおんの苛めを黙って耐えていた理由が。おそらく、ほみかはりおんに後ろめたさを感じていたのだろう。りおんの気持ちに気づいてから、僕と一緒にいる自分に罪悪感をもっていたのではないだろうか。
「でも……いいの? こんなわたしのこと……」
子供のように泣きじゃくりながら、りおんが聞いた。
「いいって言ってるじゃん……」
ほみかも、涙を流しながら答えた。ようやく戻れた。子供の頃のような、昔の幼馴染に。いや、最初から昔のままだったのだろう。ただ、仲直りするきっかけが必要だっただけで。
その後、しばらくわんわん泣き続け、ようやくほみかとりおんは和解することができた。謝り倒したりおんが帰った後、ほみかは僕に向かって得意げに言った。
「りお姉、嘘つく時は必ず手をバタバタさせんのよ。だから嘘だって気づいた」
「そうだったんだ。気がつかなったよ」
心が読める以上、そんな癖見抜く必要ないしね。
「バカ兄貴って鈍感だもんね。それより――」
ほみかは真剣な顔で僕に向き直った。
そして、
「ほみか……?」
「……ううん。なんでもない。もう寝よ。こう見えても怪我人だし、あたし」
(……お兄ちゃん。どうして、りお姉が病気にかかってるって分かったの? それに、どうして包丁で刺されるってことも知ってたの? お兄ちゃん、どうして?)
ほみかは首を横に振ると、ベッドの上に座った。プイッとあさってを向いて、もう僕の方を見ない。退散しろという意味なのだろう。僕はお休みのあいさつだけすると、ほみかの部屋を出て行った。
パタン、とドアを閉める。と同時に僕は、先程ほみかから読み取った本心を思い起こした。
ほみかは、僕に疑問を持っている。




