33『……うん! とおるちゃん、よろしくね!』
僕は、りおんと初めて会った時の夢を見た。おそらく、五歳頃。
『きみ、なにやってんの?』
夕暮れの公園。僕は涙を流す女の子にそう話しかけた。
『ふえ?』
ちょこんと、ブランコに一人寂しく座っていたりおんは、ハッと気づくと僕に潤んだ目を向けた。
『ないてたの? なんで? おとうさん、おかあさんは?』
『……ぐすっ』
しかし、彼女は何も答えない。無言で鼻をぐずらせるだけだ。
年頃は自分と同じ――とするなら、少女は五歳くらいのはずだ。なら、幼稚園はとっくに終わってる時間だ。
なのに、夕方の公園のブランコに一人で座っている。
僕が話しかけたのは、そういった事情を何となく察したからだった。
『パパもママもいない……おしごとでいそがしいから』
赤い目をこすりながら、りおんは答えた。泣くのを我慢してるらしい。
そうだった。りおんの両親は共働きで、家を空けてることが多かった。それで、りおんはいつも公園で一人ぼっちで遊んでいたのだった。
『……』
僕は、りおんの隣のブランコに座り、なんとはなしに漕いでみた。
『わぁ……』
りおんは、僕がブランコを動かす様子を、上下に目を動かしながら見ていた。いわゆる羨望のまなざしというやつだ。
『なにみてんの? きみもやればいいじゃん』
『ふぇぇ……。やりかたわかんないよぅ』
『ともだちとやんないの?』
『ともだちなんていないもん』
『でもブランコって、ふたりでこいだほうが楽しいんだよ』
『いっしょにやってくれる子……いないもん』
『よし、わかった!』
僕はそう言うと、ブランコから飛び降りた。そして、りおんの座ってるブランコの端に、両足を開いて乗る。そして、身体全体を使って動かす。やがて振り子の要領で、ブランコは揺れ始める。
『わっ、わっ』
りおんは、目に見えてテンパリだした。
『おちちゃうよお』
涙声でそう叫ぶ。
『おちないように、しっかりとつかまってなよ』
焦るりおんを尻目に、僕はブランコを漕ぐスピードをだんだんと早くした。
今思うと、何を考えてこんなことをしたのか全くわからない。あえて言うなら、ブランコを二人で乗るという作業が、その時はとても大切なことに思えたからだ。
『きもちいいでしょ! かぜ! ほっぺたにあたってさ! ほら、よくみて! 夕やけ、きれいだよ!』
そう、僕が見せてあげたかったのは、この世界なのだ。
『ん……』
最初は怖そうに目をつむっていたりおんも、おじおじと目を開ける。
『わぁ……。ほんとだ……! きれー……♪』
『ほら、きみもこいで、いきおいつけてよ! まえにいくときは足をひらく!』
『ふえ? こ、こう……?』
僕がそう言うと、りおんは慌てて足をバタバタさせる。
『ねえ、きみのなまえ、なんてゆーの?』
『……わたし?』
『そう!』
僕は答えると、一番前に来たタイミングで地面に足をつけた。
摩擦が生じ、ブランコが止まる。
『――ともだちになりたいんだ。きみのなまえ、おしえてくれないかな?』
『わ、わたしと……おともだちに、なってくれるの?』
『うん! きみかわいいし! なまえしりたいな』
そう言うと、なぜかりおんはボンッを耳たぶまで顔を赤くした。
『……いちのせ。いちのせりおん』
『りおんか……。ぼくは、かんなづきとおる! よろしくね!』
僕はりおんに向かって手を差し出した。
最初はためらっていた彼女が、意を決したように僕に向き直ると、
『……うん! とおるちゃん、よろしくね!』
りおんは、僕の手を両手でギュッと握り締めたのだった。
そこで、目が覚めた。
僕は布団から起き上がると、小さな声でつぶやいた。
「そうだったな……りおんは僕の、僕らの大事な友達だ。だから、早く何とかしてあげないと……」




